人口高齢化に伴い、高齢の肺がん患者さんが増加しています。日本の肺がん罹患率は60歳代から急増し、70~80歳代が患者さんの中心年齢層となっています1)。
高齢の患者さんにおいては、もともとの身体機能や認知機能に個人差が出てくるだけでなく、就労の有無や生活面でのサポートの必要性など、一人ひとりの置かれた状況はそれぞれに異なります。今回は、肺がん診療のエキスパートとして、高齢肺がん患者さんの臨床試験にも取り組まれている田中洋史先生に、診療のポイントやご家族のサポートの大切さについてお話を伺いました。
1) 国立がん研究センターがん情報サービス がん統計 年齢階級別罹患率【2019年】
(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/12_lung.html)2024年3月参照
第1回では、高齢肺がん患者さんの特徴や、初診時の診察のポイントについて伺いました。高齢の患者さんに対して、どのような点に留意して診療に取り組んでいらっしゃるのでしょうか。
肺がんの罹患率、死亡率は依然として増加傾向ではありますが、その大きな要因として患者さんの高齢化が進んでいることが挙げられます(図1,2)1,2)。当施設でも10年前と比べて受診患者さんの高齢化が進んでいるといった印象を受けており、肺がん患者さんの中心的な年齢は70歳代です。こうした背景に基づき、患者さんの数が多い非小細胞肺がんの治療では75歳以上の患者さんを「高齢者」として定義し、一つの区切りとしています3)。
高齢者だからといって進行期の患者さんが多いとは一概には言えません。肺がん検診によって早期に発見される方は一定程度います。また、かかりつけ医で他の疾患の診療中に肺がんが早期発見されるという事例もあります。
出典:国立がん研究センターがん情報サービス
出典:国立がん研究センターがん情報サービス
1) 国立がん研究センターがん情報サービス がん統計 年齢階級別罹患率【2019年】
(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/12_lung.html)2024年3月参照
2) 国立がん研究センターがん情報サービス がん統計 年齢階級別死亡率【2020年】
(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/12_lung.html)2024年3月参照
3) 日本肺癌学会編:肺がん診療ガイドライン2023年版
(https://www.haigan.gr.jp/guideline/2021/1/2/210102070100.html#j_7-0_1)2024年3月参照
高齢患者さんの肺がん診療の最大のポイントとしては、個人差が大きいということが言えると思います。合併症の有無や体力といった身体的な問題はもちろん、認知機能、精神機能も一人ひとり異なります。社会的機能という面でも、リタイアされている方もいれば現役でお仕事をされている方もいます。これらの疾患背景について、特に75歳以上になってくると、一回の診察だけでは捉えきれない部分がさらに多くなってきます。それをいかに我々が理解し、把握していくかということが非常に重要です。「高齢者」と一口に言っても、年齢だけで区切って治療や診療の区別をするのは難しいということを、日々の診療で身に染みて感じています。
患者さんとのファーストコンタクト、つまり初診時にお会いした時に拝見するポイントがあります。身体機能の点から患者さんがご自分の足で歩いて診察室に入って来られたかどうか、周囲のサポート体制の点からお一人で来られたかどうか、ということです。
身体機能については、車椅子やつえ歩行という例がわかりやすいかと思います。診察室の扉をご自身で開けて自分の力で入ってきて、最初の言葉をどのように発するかといったことが大切な情報となります。患者さんも初めての外来診察にはとても緊張されると思いますが、我々も注意深く患者さんの様子を拝見しています。
採血検査等で臓器機能を調べることも必要ですが、身体機能に関わる普段の生活状況についてもお伺いします。主には患者さんが過去あるいは現在において、どのようなお仕事をされていたか質問します。また、日中の過ごし方は身体機能上も大切な観点であり、趣味なども含めて患者さんが日常生活をどう過ごされているかもお伺いします。なかなかレスポンスが返って来ない方もいれば、反応良くいろいろなお話をされる方もいますが、そのような会話からも患者さんの状態を推測しますので、リラックスしてお答えいただけるような雰囲気づくりを心がけています。
70~80歳代の方は、お仕事を引退して年金で生活していらっしゃる方も多いです。こうした高齢者世代には経済的な面についての配慮も重要です。治療内容によっては、高額療養費制度を使っても月ごとに万単位の支払いになることがありますが、ご自身の年金や貯蓄で賄えるかどうかを、我々が初対面で把握することは困難です。
経済状況は治療を選択する上で重要な情報であるため、多職種で関与しながら把握することが大切になります。お金のことを、最初の診察時からお話しするのは難しいことも多く、その先の診療機会でMSW(メディカルソーシャルワーカー)や看護師などからお伺いすることが多いです。そのようなことから、特に高齢の方のがん治療では、サポートに関与するスタッフを少しでも増やし、患者さんのご家族も巻き込んでチームとして対応していくことが、より大切であると思います。
経済的な面からいろいろな選択肢をお示しする中で、患者さんがご要望をポツリポツリと話し始めてくれることがあります。具体的には、「今回の病状であれば、この治療が良いと思います。治療では高額なお薬を使用することがあります。」などと提案をします。そして高額療養費制度を利用できるということを説明し、「やはりこうした問題は不安な面もあると思いますので、専門職種にお話を聞いてもらいましょう」と専門職(MSWなど)に介入してもらいます。そうすると、患者さんから「効果を重視したい」や、「費用は抑えたいので、別の選択肢はないか」といった具体的な要望を伝えていただけるようになります。場合によっては遠方に住んでおられるご親族なども交えて、患者さんお一人で抱え込まないように相談を進めていきます。
もう一点重要なこととして、これは若い患者さんでも同様ですが、お仕事をされている方に対しては、「がんと診断されても仕事は続けてください」ということは大切なメッセージとしてお伝えしています。ご病状に関する適切な情報を職場にもご理解いただき、サポートに加わっていただくことは重要と考えています。必要な診断書や証明書の作成について迅速に対応するように心がけています。
第2回では、高齢患者さんの治療方針の決定に向けてのポイントについて伺います。