人口高齢化に伴い、高齢の肺がん患者さんが増加しています。日本の肺がん罹患率は60歳代から急増し、70~80歳代が患者さんの中心年齢層となっています1)。
高齢の患者さんにおいては、もともとの身体機能や認知機能に個人差が出てくるだけでなく、就労の有無や生活面でのサポートの必要性など、一人ひとりの置かれた状況はそれぞれに異なります。今回は、肺がん診療のエキスパートとして、高齢肺がん患者さんの臨床試験にも取り組まれている田中洋史先生に、診療のポイントやご家族のサポートの大切さについてお話を伺いました。
1) 国立がん研究センターがん情報サービス がん統計 年齢階級別罹患率【2019年】
(https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/12_lung.html)2024年3月参照
第1回では、高齢肺がん患者さんはさまざまな側面で個人差が大きいことを伺いました。第2回では、治療方針の決定に向けてのポイントについて伺いました。
がんの診断はステージ診断、病理診断、遺伝子診断など、内容が細分化されています。多くの患者さんはがんの疑いがある、あるいはほぼ確定的であっても全ての情報がそろっていない状態で初診されます。できるだけ早く十分な診断結果をそろえ、初診後遅くとも1ヵ月以内には初回治療を開始できるように進めます。
情報を整えて患者さんへ説明し、治療の内容;標準的治療か、あるいは臨床試験や治験にエントリーするのかどうか、入院治療か外来治療か、といった方針を決定するまでに複数回の来院が必要になります。高齢の患者さんの中には、ご自身のご病状をしっかりと認識されている方もいらっしゃれば、ご病状に対する不安や認知機能の低下を背景に、そういった理解が難しい方もいらっしゃいます。やはり2回目以降の診察はできるだけご家族同伴で来院していただき、同席の上で病名および進行度の告知、治療内容の説明を繰り返しするようにしています。また、ここからは第1回でお話しした治療費の相談も加わってきます。
高齢の患者さんで病気が進行している場合、ご家族からは前向きな話だけをしてほしいと依頼されることがあります。しかし、治療に取り組む中でご本人だけが事実を知らないという状況では、次第にひずみが生じてしまうものです。包み隠さず話すだけが適切というわけではありませんが、できるだけご本人にも同じ情報を共有していることが望ましいと考えています。
治療の見通しという点では、過去に類似の病状の方がどのような治療を受け、どの程度の効果が期待できるのかという平均的な数値は国立がんセンター等から公開されており、お伝えすることができます。治療内容に関する無増悪生存期間や全生存期間といった情報についてもお伝えすることがあります。ただし、特に進行期の場合には、こうした説明は不安を招きかねない内容になります。病状や治療の見通しについて、どの程度までお聞きになりたいかを患者さんに確認するようにしています。詳しい話を聞きたい・聞きたくない、とはっきりおっしゃる方もおられますが、一番多いのは考え込んでしまう方です。その時はもう一度助け船を出すような形で問いかけてみますが、それでも患者さんとご家族で顔を見合わせてしまうような場合はその場でさらにはお話を進めることは避け、次の機会に持ち越します。患者さんの病状認識、治療への期待や不安について把握することは、患者さんとの信頼関係構築の上で重要と考えています。チームとしてしっかりと患者さんと向き合い、患者さんの本音を理解していくように努めています。
治療方針の決定とは、患者さんの年齢にかかわらず「患者さんにとって良い選択は何か」を提示し、「患者さんがどうしたいか」を踏まえて相談していくことに尽きると思います。主役は患者さんであり、我々だけで決めることではありません。治療の主役であるご本人が、気になっていることや秘めている想い、ご自身の考え方があれば何でも言っていただきたいです。
ガイドラインは基本的な治療方針として大切なものですが、ガイドラインに推奨されている治療が全ての患者さんに適しているわけではありません。患者さんの希望や状態によっては、その治療を行うことができないという問題もあります。例えば脱毛しやすい治療より脱毛しにくい治療がよいといった個人のご希望もあります。我々はそういった条件や要望を考慮しながら、治療方針を決めていきたいと考えています。
高齢の方は人生を長く歩んでおられる中でいろいろな経験や知識を重ね、それぞれに深い想いをお持ちです。治療に対する目標や考え方は高齢になるほど幅広いものになっているように感じることがあります。それぞれの方の人生経験のお話などについても傾聴し、こちらが勉強させていただくことも少なくありません。
一人ひとり異なる患者さんに対してより個別化した医療を維持するには、高齢の患者さんほど双方向のコミュニケーションが重要になると思います。我々医療者としても「できることはなんでも応えたい」という気持ちでお話を伺うのですが、患者さんが「こんなことを言ってもいいだろうか」「話してもどうにもならないだろう」という諦めの気持ちになってしまい、本来可能なことができなかったりすると、とても残念です。長いお付き合いになれば医師とも良好なコミュニケーションが取れて話しやすい関係になるでしょうが、それでも言い出しにくければ、気軽に話せる他職種スタッフでもいいので、些細なことでも教えていただきたいと思います。
一例として、当施設では簡単に回答できる質問シートをお配りし、患者さんの困り事について該当の項目に○をつけてもらうようにしています。これを活用することによって、医師に言いにくいことであっても専門の窓口があることをご案内できたり、患者さんが望まれるのであれば、診察後にそのまま専門職へ引き継ぐことも可能です。病院側もいろいろな工夫をしていますので、ご要望や考えていることをできるだけ医療者へ伝えるようにしていただきたいと思います。
第3回では、高齢肺がん患者さんに対する治療について、合併症の確認や治療を始める上での注意点、ご家族の支えなどについてお話を伺います。