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超高齢化が進む我が国における
肺がん薬物療法を考える

弘前大学医学部附属病院 呼吸器内科 診療講師 田中 寿志 先生

弘前大学医学部附属病院は、教育・研究、臨床、地域医療への貢献を使命とする、地域がん診療連携拠点病院、がんゲノム医療拠点病院の指定を受けた特定機能病院です。呼吸器内科は肺がんの診断、薬物療法を主に担当するほか、弘前大学呼吸器内科中心の臨床試験を含め、様々な臨床試験に参加しています。今回は、呼吸器内科 診療講師 田中寿志先生に、高齢の患者さんへの肺がん薬物療法を考える上での注意点や大切にすべきことなどについてお話をうかがいました。

田中寿志 先生

取材日:2021年8月

弘前大学医学部附属病院は、教育・研究、臨床、地域医療への貢献を使命とする、地域がん診療連携拠点病院、がんゲノム医療拠点病院の指定を受けた特定機能病院です。呼吸器内科は肺がんの診断、薬物療法を主に担当するほか、弘前大学呼吸器内科中心の臨床試験を含め、様々な臨床試験に参加しています。今回は、呼吸器内科 診療講師 田中寿志先生に、高齢の患者さんへの肺がん薬物療法を考える上での注意点や大切にすべきことなどについてお話をうかがいました。

公開:2022年7月6日
更新:2023年7月

高齢の患者さんに対する肺がん薬物療法の考え方

 青森県は特に高齢化が進んでおり*1、日々の診療においても高齢の患者さんの受診が多いと感じています。高齢の患者さんに対する肺がん薬物療法は、年齢ではなく患者さんの全身状態や希望によって選択するのが基本となります。
 全身状態の評価には、腎機能や肝機能などの臓器機能のほか、身の回りのことをどれくらいできるかを表す指標であるPS(パフォーマンス・ステータス:表1)が主に用いられます。高齢の患者さんでも、全身状態が良好でご本人の希望があれば、若年者と変わらない有効性を重視した標準的な薬物療法は可能ということになります。

*1 令和3年の青森の高齢化率は34.3%で、全国6位(内閣府ホームページ:https://www.cao.go.jp/より)

表1PS(パフォーマンス・ステータス)

Common Toxicity Criteria, Version2.0 Publish Date April 30, 1999
http://ctep.cancer.gov/protocolDevelopment/electronic_applications/docs/ctcv20_4-30-992.pdf
JCOGホームページ:http://www.jcog.jp/

患者さんの意思、希望を尊重する治療

 薬物療法の目的は、まず生存期間を延ばすこと、次に患者さんのQOL(生活の質)を保つまたは向上させることです。この二つはどちらも大切で、生存期間が延びればQOLは低下しても良いということではありません。いくらCTなどの画像診断でがんが小さくなっても、患者さんの自覚としては具合が悪く、自由に動けずに寝たきりになってしまうようでは、良い治療とはいえません。
 そして高齢の患者さんに限らず、治療の選択は、患者さんが医師から副作用や治療に関するリスクの説明をきちんと受け、ご自身の意思、希望にしたがって行うのが原則となります。大切なのは患者さんの意思や希望を尊重することであり、高齢の患者さんだから治療をしない、全身状態が悪いから治療をしないということではありません。現在は、内服治療が可能な分子標的薬*2や殺細胞性抗がん剤の他に、免疫治療単剤療法も選択肢としてあり、この薬剤を使って治療を続ける高齢の患者さんもいらっしゃいます。

*2 通常、肺がんの場合は薬物療法前に遺伝子検査を行い、遺伝子変異の存在が確認された患者さんに分子標的薬が用いられます。

肺がん薬物療法の進展と高齢の患者さんへの新薬使用

 肺がん治療に大きな進展をもたらした遺伝子変異に対する治療薬は、2004年に登場しました。その後も肺がんの薬物療法は進展を続けており、新しい遺伝子変異や融合遺伝子、その遺伝子に対応した標的薬剤が次々に出てきています。
 新しい薬剤の発売前には有効性や安全性を調べる臨床試験が行われますが、参加者の多くは全身状態の良い患者さんです。そのため、新しい薬剤を高齢の患者さんに使用するにあたっては、臨床試験と同じ結果が得られるか、個々の患者さんの状態に合わせて検討する必要があります。
 また、遺伝子変異に対する治療では、薬剤耐性(ある種類の薬剤が効きにくくなる現象)が起こる場合がありますが、現時点ではその原因はすべて明らかになっているわけではありません。今後薬剤耐性になった原因に対応する薬剤の開発が進めば、生存期間はさらに延長することが期待されています。

患者さん、ご家族へのメッセージ

 肺がんの治療薬だけでなく医療全体が日々進歩していますので、主治医とよく相談しながらベストな治療を選んでほしいと思います。そして、治療中であってもQOLを保つことは大切ですので、時には治療を中断する選択や治療抵抗性になった場合でPSが低下した際の緩和医療も含め、ご自身の価値観にあった治療を選んでほしいとも思っています。また、がん治療においてご家族のサポートは大変重要です。ご家族は患者さんのために何ができるか悩むことが多いと思いますが、私はよく「患者さんご本人の価値観や希望をご家族も一緒に大切にしてあげてはどうでしょうか」とご家族に提案しています。そして、そうするためには、ご家族と患者さんはもちろん、医療従事者も含めたコミュニケーションがとても重要です。患者さんがご自身の希望にあった治療を、ご自身の意思で選択できることを我々医療従事者は大切にしています。良いコミュニケーションをとりながら、患者さんにとってのベストな治療を続けていきましょう。

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