※取材当時
肺がんの薬物療法は、新薬の開発が最も進んでいる分野の一つであり、近年、目覚ましい発展を遂げています。その一方で、使える薬が増えることにより、副作用も多岐に及ぶようになりました。
予定通りに薬物療法を完遂し、その効果を最大限引き出すためには、副作用の管理が大きなカギとなります。薬物療法の効果や副作用の程度は患者さんによって個人差がありますので、主治医と相談しながら適切な治療法を選択していく必要があります。そのためには、患者さん自身が副作用に対する正しい知識を身につけることが大切です。対策を立てておけば気持ちに余裕をもって治療を受けられると思われます。
肺がん患者さんが薬物療法を受けるにあたって、どのような知識を身につければよいでしょうか。肺がんの薬物療法の専門家である関西医科大学附属病院 呼吸器腫瘍内科の三人の先生方に伺いました。
【取材】2021年3月8日(月) ホテル アゴーラ 大阪守口
左から金田先生、倉田先生、吉岡先生
今日の肺がんの薬物療法は、細胞障害性抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬という、作用の異なる3つの薬剤を組み合せて用います。第1回では、これら3つの薬剤の特徴と代表的な副作用について教えていただきました。
倉田先生 肺がんの薬物療法は1990年代までは細胞障害性抗がん剤が主流でしたが、2000年代以降は分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が登場し、副作用も多岐に及ぶようになりました。細胞障害性抗がん剤とは、これを使う治療を特に化学療法あるいは抗がん剤と呼ぶこともあり、がんの治療薬として古くから知られている薬剤です。それに比べると、分子標的薬と免疫チェックポイント阻害薬は比較的新しい薬剤と言えます。
細胞障害性抗がん剤(以下、抗がん剤)は、細胞の増殖の仕組み(細胞周期)に着目して、そのどこかの段階を阻害することでがん細胞を攻撃する薬です。がん細胞以外の増殖がさかんな正常細胞も影響を受けます。
分子標的薬は、がん細胞に特徴的な遺伝子変異もしくはその産物のタンパク質など(バイオマーカー)を目印にしてがん細胞を攻撃する薬剤です。がん細胞以外の正常細胞への影響を比較的抑えられるとされていますが、抗がん剤とは異なる特有の副作用があります。肺がんでは、EGFR(上皮成長因子受容体)遺伝子変異などをバイオマーカーとする「チロシンキナーゼ阻害薬」や、がん周囲の環境を整える因子を標的としてがん細胞の増殖を抑える「血管新生阻害薬」が使用されます。分子標的薬が効果を発揮できるかどうかは、患者さんのがん細胞に目印となるタンパク質などの有無によって異なるので、バイオマーカー検査を経て治療を選択します。
免疫チェックポイント阻害薬は、抗がん剤や分子標的薬とは異なり、免疫細胞に作用する薬剤です。通常、免疫細胞はがん細胞を攻撃して増殖を抑えますが、がん細胞の中には免疫細胞と結合して、その攻撃を逃れる仕組みをもっているものがあります。免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞と免疫細胞の結合を阻害し、自分の免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようにする薬です。
倉田先生 抗がん剤の副作用には、患者さん自身が自分で気づきやすい副作用と、病院で採血などの検査をしなければわかりにくい副作用があります。一般的な副作用の発現しやすい時期を図に示します。
患者さんが自覚できる副作用としては、投与直後にはアレルギー症状が、2日目~1週間には悪心・嘔吐をはじめとする消化器症状が発現しやすく、2週間ほど過ぎると、これも患者さんが嫌がる副作用の一つである脱毛がみられます。
検査によって見つかる副作用としては、薬剤投与後10日~2週間で骨髄抑制(白血球減少、血小板減少、貧血など)が発現し、さらに長期になると肝機能障害、腎機能障害、心機能障害あるいは薬剤性肺障害といったものが現れる可能性があります。
ただし、すべての症状が現れるわけではなく、また患者さん一人ひとりによって症状の程度や発現の時期も異なります。
国立がん研究センターがん情報サービス「化学療法全般について」
倉田先生 分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬といった新たな作用の薬剤も、副作用が全く無い・軽いというわけではなく、重篤な副作用が出る可能性もあること、また、抗がん剤とは異なる副作用が出るかもしれない薬剤であることを理解しておいてください。分子標的薬は標的となるタンパク質などに対して働く薬剤なので、その標的に関係する副作用が起こります。
また、抗体薬と呼ばれる分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬に代表的な副作用としてInfusion reaction(インフュージョン・リアクション)*があります。抗がん剤にも投与後間もなく過敏症反応(アレルギー症状)が現れることがありますが、主に抗体薬の投与開始後24時間以内に現れる過敏性反応を総称して、Infusion reactionと呼んでいます。主な症状として、発熱、悪寒、頭痛、皮膚掻痒感や発疹、せき、めまいなどが起こります。Infusion reactionの発症予防として、抗アレルギー薬などを前もって投与する方法が確立されています。
免疫チェックポイント阻害薬は、免疫細胞を活性化することによって自己免疫的な副作用が出ることもあり、皮膚、消化器系、内分泌系、神経系など、人によってさまざまな部位へ影響を及ぼすことがあります。
*:インフュージョン・リアクションは、抗体薬などの投与時に発現する過敏性反応です。
抗がん剤で発現する免疫反応が関与する即時型のアレルギー反応と異なりますが、詳しい発現の機序は明らかになっていません。
金田先生 初回投与時に発熱など症状がみられても、2回目以降は投与時間を調整してゆっくり投与していくことで対応しています。Infusion reactionは初回投与時に多く、2回目以降は減っていきます。一度起こった場合には、その程度によって投与速度を遅くして慎重に投与、あるいは投与を中断するなどの対応を行っています。
吉岡先生 免疫チェックポイント阻害薬では、副腎皮質機能低下症、甲状腺機能障害、下垂体炎といった内分泌関連事象が起こる可能性があります。頻度が高いのは甲状腺機能障害です。ただし、甲状腺ホルモンの上昇は一過性のため基本的には経過観察し、甲状腺機能が低下した場合は必要に応じて甲状腺ホルモンの補充が行われます。
抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬は、それぞれ異なるアプローチでがん細胞に作用する薬剤であり、副作用もそれだけ多岐に及ぶようになったということがわかりました。気になる症状がみられたら、早めに主治医や看護師、薬剤師に相談することが大切ですね。
第2回では、患者さんが自覚できる主な副作用について症状別に伺います。