※取材当時
肺がんの薬物療法は、新薬の開発が最も進んでいる分野の一つであり、近年、目覚ましい発展を遂げています。その一方で、使える薬が増えることにより、副作用も多岐に及ぶようになりました。
予定通りに薬物療法を完遂し、その効果を最大限引き出すためには、副作用の管理が大きなカギとなります。薬物療法の効果や副作用の程度は患者さんによって個人差がありますので、主治医と相談しながら適切な治療法を選択していく必要があります。そのためには、患者さん自身が副作用に対する正しい知識を身につけることが大切です。対策を立てておけば気持ちに余裕をもって治療を受けられると思われます。
肺がん患者さんが薬物療法を受けるにあたって、どのような知識を身につければよいでしょうか。肺がんの薬物療法の専門家である関西医科大学附属病院 呼吸器腫瘍内科の三人の先生方に伺いました。
【取材】2021年3月8日(月) ホテル アゴーラ 大阪守口
左から金田先生、倉田先生、吉岡先生
第2回では、患者さんが自覚できる主な副作用(消化器症状、皮膚症状、全身症状、神経症状)について伺います。以下に示す副作用がすべての患者さんに起こるわけではありませんが、副作用についても正しく理解したうえで治療を受けることが大切です。
●食欲不振、悪心・嘔吐
倉田先生 食欲不振や悪心・嘔吐は、抗がん剤投与後数分から24時間以内に発現する急性のものと、24時間以降に発現する遅発性のものがあります。薬物療法で悪心・嘔吐を一度経験すると、次回の薬物療法を受ける前日や当日の朝から気分が悪くなる方もおられます(予期性悪心・嘔吐)。吐き気を引き起こすリスクが高いとされる薬剤の治療では、吐き気を抑える薬剤(制吐剤)の予防投与が推奨されています。食欲のない時は、においの強いものを避ける、消化の良いものを食べる、栄養補助食品を使用する、水分摂取を心がけるといった工夫をしてみるとよいでしょう。
吉岡先生 消化器症状として代表的なものは悪心、嘔吐、下痢、便秘ですが、口内炎、食道炎、心窩部痛、胃痛などが出ることもあります。抗がん剤に限らず、分子標的薬であっても吐き気が強く出る薬もあります。しかし、悪心・嘔吐については制吐剤の開発がさらに進歩したので、薬物療法により嘔吐する人は昔と比べて少なくなりました。つらい時には、制吐療法を強化することも可能ですので、我慢しないで、主治医、看護師、薬剤師に早めに伝えてください。
●下痢
吉岡先生 下痢についても抗がん剤だけでなく、分子標的薬、あるいは免疫チェックポイント阻害薬でも起こります。下痢については回数よりも1回量に注意が必要です。例えば、少量で5回起こるよりも、1回量が多い場合のほうが脱水の危険性があります。量が多ければ病院に連絡し、受診していただきたいです。
●口内炎
倉田先生 口内炎の発症頻度は抗がん剤の種類によってさまざまで、投与後数日~10日で発生し、通常は2~3週間で徐々に改善していきます。口内炎を起こさないための予防的な処置が重要です。患者さん自身が一日一度は口の中をチェックし、口内炎の有無や出血・色などを観察するとよいでしょう。
吉岡先生 予防法としては、口内の清潔を保つのが一番です。二次感染や重症化を避けるため、うがいを頻回に行うことが推奨されます(図1)。歯の健康状態も口内炎に影響しますから、どのような薬物療法であっても、事前に歯科での歯の状態のチェックは大切ですね。
患者自身による観察(1日1回は口腔粘膜の色、出血・腫脹・発赤の有無、口内炎の有無をチェック)が大切。発見した場合は早期に報告する。
「肺がん化学療法 副作用マネジメント プロのコツ」,メジカルビュー社,2019年 より作成
●爪囲炎・脱毛
金田先生 皮膚症状は抗がん剤、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬のいずれの薬物療法でも起こり得るものです。抗がん剤では色素沈着が起こる場合もあります。また、分子標的薬には、ざ瘡様皮疹(にきび様の発疹)、皮膚乾燥、爪囲炎(爪のまわりの炎症)、脱毛などの特徴的な皮膚障害が起こりやすい薬剤があります。中でも高頻度に起こるのは爪囲炎で、投与後6~8週間経過後に出現することが多いので注意が必要です(図2)。
「肺がん化学療法 副作用マネジメント プロのコツ」,メジカルビュー社,2019年 より作成
免疫チェックポイント阻害薬では皮膚症状は多くはありませんが、自己免疫症状として皮膚炎を起こす可能性もあります。
皮膚症状は脱毛と並んで患者さん自身でわかりやすく、女性を中心に嫌がられる副作用でもあります。皮膚症状を理由に、効果が続いている薬剤の減量や中止を検討せざるを得ない場合があり、悩ましい問題です。予防の観点からは、治療前から清潔・保湿・保護という日常的なスキンケアを心がけていただきたいです(図3)。薬剤の種類によっては、薬物療法開始前からステロイド軟膏や保湿剤の使い方を説明して予防対策を行っているものもあります。
皮膚の機能をできるだけ健康に保つため、皮膚の洗浄や保湿などの日常的なスキンケアが大切。
「肺がん化学療法 副作用マネジメント プロのコツ」,メジカルビュー社,2019年 より作成
倉田先生 皮膚症状については皮膚科との連携も重要になってきます。症状が現れたら、早めに伝えていただくことで症状の悪化を防ぐことも可能となります。我慢せずに主治医や看護師、薬剤師に伝えてください。
金田先生 脱毛は心理的な影響が大きくつらい副作用ですが、治療終了後概ね3~6ヶ月後に再び発毛する人が多いと思います。事前にウイッグを準備し、ウイッグに合わせたヘアスタイルにカットしておいたり、帽子やバンダナなどを準備しておくとよいでしょう。
●倦怠感・疲労
吉岡先生 抗がん剤の副作用でまず思い浮かぶのが倦怠感・疲労ですが、1週間を過ぎると概ね改善してきます。逆に、それが長引いた時は別の原因も疑われるため、注意が必要で、受診時に主治医に相談したほうがよいでしょう。発熱や悪寒を伴う場合は、まずは感染症かどうかを疑い確認します。
金田先生 倦怠感などが我慢できない程つらい場合は薬剤の減量や変更が検討される場合もあります。つらい場合は我慢しないで、主治医や看護師、薬剤師に伝えていただきたいと思います。
●末梢神経障害・味覚障害
倉田先生 がんの薬物療法に使われる薬剤の種類によっては末梢神経障害がみられることがあります。末梢神経障害は早期発見し、適切な時期に原因薬剤を減量・休薬・中止することが最も重要な対応となります。
金田先生 神経症状で注意したいのは、日常生活にどれくらい影響するのかということです。手の先がじんじんするといったしびれの症状があっても、「大したことではない」と思って我慢される患者さんも多いので、正確に症状を伝えてもらうことは重要です。ボタンがかけられなくなったり、箸が持てなくなったり、日常生活に影響を及ぼす前に対処するために、我慢しないで早めに伝えていただきたいですね。
また、肺がんの薬物療法では味覚障害も起こりやすく、QOL(生活の質)に影響する症状です。味がしない、いつもと味が違う、などの自覚症状があります。低亜鉛血症が原因であれば、亜鉛を補充する薬剤を使うといった対処法もあります。
倉田先生 さまざまな自覚できる症状と対処法についてご説明しましたが、これらの症状がすべての患者さんに起こるわけではありません。ですが、もしも起こった場合に備えて、副作用についても正しく理解していただければ幸いです。
自覚できる症状や目に見える症状はつらいものです。しかし、経過とともに回復できることや、予防的措置や日常生活上の注意で軽減できるということを知っていれば、精神的な負担が軽くなります。
どのような症状であっても、少しでも体調の変化があれば、すぐに主治医、看護師、薬剤師に伝えることが大切ですね。
第3回では、検査でわかる症状と注意すべきことを伺います。さらに、先生方から肺がん患者さんへのメッセージをいただきます。