臨床試験とは、将来に向けてより優れた医療を生み出すため、患者さんの協力のもとに行われる研究のことです。私たちの生活とは一見関係がないようにも思えますが、現在当たり前に受けている医療も、過去の臨床試験の積み重ねの上に成り立っています。
お話を伺うのは、消化器外科医としての豊富なキャリアを経て、さらに薬物療法を探求するために腫瘍内科医に転じた市川度先生です。腫瘍内科医としての視点から抗がん剤の薬物動態(患者さんの体内で薬がどのように働くのか)に注視し、有効性と安全性を考慮した治療を目指して、数々の臨床試験に取り組まれています。
【取材】2020年8月 昭和大学藤が丘病院
「臨床試験」という言葉は耳にしたことはあっても、何の目的で、どのように行われているのかについては、ご存じない方が多いかもしれません。第1回では、臨床試験の目的と、私たちが現在受けている医療との関係についてお話を伺いました。
人を対象に行われるすべての研究を臨床研究と言いますが、臨床試験は、薬の効果と安全性を科学的に評価することを目的に行われる試験です。
臨床試験の中でも、企業が厚生労働省で薬の承認を得るために行う試験を「治験」と呼びます(図)。薬の承認のための治験は、従来は企業のみが実施していましたが、最近では医師主導の治験で承認内容が追加となることもあります。
また、それとは別に、すでに承認された薬について、さらにどのように使っていくかを調べるために医師や研究者が主導する臨床試験(医師・研究者主導臨床試験)もあります。一般的に「臨床試験」という言葉を使う時は、治験と区別してこちらの臨床試験を指すことがあります。
新薬の開発や治療法の研究の進歩とともに、臨床試験は全体として増加傾向にあります。
臨床試験には、新薬について国の承認を受けるための「治験」と、主に既存の薬で新たな治療法を見つけていくために行われる「医師・研究者主導臨床試験」があるのですね。
*臨床試験の中でも、厚生労働省から薬・医療機器としての承認を得る目的で行われる
国立がん研究センターがん情報サービスより一部改変
標準治療とは、学会などで専門家が作成するガイドラインにおいて“現時点で最良と判断された治療”です。すなわち、これまでのさまざまな臨床試験(治験、医師・研究者主導臨床試験を含む、以下同様)の積み重ねによって有効性と安全性が評価された治療のことです。
臨床試験の主な役割とは、その標準治療をもとに新しい治療と比較し、さらに優れた治療法を確立していくことです。例えば、有効性をさらに高めたい、あるいは安全性をさらに高める治療法を探したいという場合に、臨床試験を行っていくことになります。
臨床試験の積み重ねによって、新たな治療が見つかることで、それが標準治療になっていくこともあるのですね。
*レジメン=がん薬物療法における薬の種類や量などを時系列に示した計画
ガイドラインとは、さまざまな臨床試験の結果をもとにして、それを専門家であるガイドライン作成委員が解析・評価し、その治療の推奨度を示したものです。ですから、胃がん診療ガイドラインの中で“推奨されるレジメン”と評価された治療は、標準治療であると言えます。
ただし、“推奨されるレジメン”というものは、そのレジメンの臨床試験に参加できる条件に適した限られた患者さんが対象となっています。一方で、現実の患者さんは合併症のある方なども含まれ全身状態はさまざまですから、実際には安全性の面から“条件付きで推奨されるレジメン”を選択する可能性があります。
推奨されるレジメンになったとしても、必ずしもすべての患者さんに適応できるわけではないということですね。実際の診療では、患者さん一人ひとりと向き合って治療を考えていくことが大切なのですね。
近年の胃がんの薬物療法においては、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の導入により、患者さんが元気で過ごせる期間が昔と比べてずいぶん延びてきました。これらも、さまざまな臨床試験の積み重ねによってエビデンス(科学的根拠)が得られたからこそ、新しい治療薬として確立されてきたものです。これまでの患者さんやご家族の協力のもとに臨床試験が行われ、その結果により、現在のわが国における胃がん治療の成績の向上があるのだと思います。
臨床試験は医療の進歩には欠かせないものであり、私たちが現在の医療の恩恵を受けられるのも、過去の患者さんの協力があったからなのですね。
第1回では、臨床試験の目的をはじめ、標準治療、そしてガイドラインとの関係について伺いました。第2回では、臨床試験の中でも治験について取り上げ、実際にどのように行われるのかについて伺います。
※本テーマは、臨床試験のしくみについて一般の方にわかりやすく解説するためのもので、臨床試験の参加を推奨するものではありません。
参加を希望されたい場合には主治医の先生にご相談ください。