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進化する外科治療~患者さんにやさしい手術治療を目指して

国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学長
吉田 和弘先生

※前所属 岐阜大学大学院医学系研究科 消化器外科・小児外科学 教授 岐阜大学医学部附属病院 病院長

 胃がんの手術といえば、かつてはお腹を大きく切開する開腹手術を指すものでしたが、現在は患者さんの体にやさしい低侵襲の治療が主流となっています。早期の胃がんについては内視鏡治療あるいは腹腔鏡下手術が標準となり、さらには新しい選択肢としてロボット支援下手術も増加しています。また、これまで手術が不可能と思われた進行がんについても、薬物治療などによりがんを小さくして切除を可能にする集学的治療が実績を上げています。
 吉田先生は、患者さんにやさしい低侵襲手術の普及とその人材育成に注力なさるとともに、長年にわたって胃がんの集学的治療の研究に取り組んでおられます。進化する胃がんの手術と今後の展望についてお話を伺いました。

がんの三大治療法である外科治療、薬物治療、放射線治療から2つ以上を合わせた治療方法。
ここでは主に外科治療と術前・術後化学療法の組み合わせのこと。

【取材】2020年12月 岐阜大学医学部附属病院

吉田 和弘 先生
第3回腹腔鏡下手術のための人材育成
ー胃がんの外科治療の将来のために
公開日:2022年2月14日
更新:2024年3月

 胃がんの腹腔鏡下手術については、術者の技術面が大きなポイントであることを伺いました(第1回)。第3回では高度化する胃がんの手術を担う外科医の人材育成についてお話を伺います。終わりに、患者さんへのメッセージも伺います。

腹腔鏡下手術の手技とはどのように習得するのでしょうか?

 まずは、機械に慣れるためのトレーニングボックスの中で鉗子(かんし;刃のないハサミのような形の手術器具)を扱い、針糸をかけるところから訓練を始めます(ドライラボ)。
 現在は、各診療科での内視鏡外科手術の普及を受け、全国の大学病院などに内視鏡外科のトレーニングセンターが整備されています。ドライラボについてはトレーニングボックスに加え、VR(バーチャル・リアリティ;仮想現実)手術コンピュータを装備しています。常時使用可能なので、診療の合間にも技術を磨くことができます。
 今、外科医不足が懸念されていますから、若い方に外科医を目指してもらうための取り組みにも力を入れています。また、地元の高校生向けのセミナーも開催しています。これは、参加する高校生はもちろんですが、指導する若手医師にとってのモチベーションアップにもなることを期待して企画したものです。

*:VRはコンピュータの中に現実を模した世界や独自の世界を構築すること

 胃がんをはじめ各分野において内視鏡外科手術が当たり前となった時代では、それに熟練した外科医の育成が急務であるということですね。
 高校生向けのセミナーは、将来、地元で外科医を目指すためには大きな励みになると思います。

イメージトレーニングとはどのようなものでしょうか?

 例えば、医学生がロボット支援下手術に馴染んでいけるよう、手術支援ロボットのシミュレーション機器を導入します。また、手術を見学する前にCT画像から作った体の構造のVRを見ることで、解剖をより理解できるようにする取り組みを行います。若手医師や学生向けには、こうした新しい画像技術による教育を積極的に取り入れるようにします。
 実際の手術でもこれらの技術は役立ちます。術前にAR(オーグメンテッド・リアリティ;拡張現実)**で患者さんのCT画像を取り込んでおくと具体的な作像ができるので、それを手術室に持ってくると、実際にそこに横になっておられる患者さんの血管の走り方や臓器の位置といった構造がよくわかるのです。今は自力でそういった技術を駆使していますが、将来的にはAIによってこうした画像が腹腔鏡のモニターに出てくる技術が開発されることを期待しています。
 また、今は実際の手術動画を見て手技を学ぶことも容易にできます。将来的には、自分でARを持ち帰って明日の手術のシミュレーションをしたり、今日の手術の反省をしたりといったことができるようになると思います。

**: ARは知覚に与えられる情報をコンピュータ処理で追加・削減・変化させる技術

 これまで吉田先生の世代が積み重ねてきたものが、技術の発展によって、今そのまま伝えられる時代となってきているのですね。

終わりに、読者の方へのメッセージをお願いします。

吉田 和弘 先生

 大切なのは、がんについて恐れすぎないことです。恐れてしまう理由は、がんを知らないからです。今後は小学校などの段階からがんについての教育が必要だとは思いますが、何より知っていただきたいのは、早期発見であればがんは治癒が望める病気であるということです。
 日本人の1/2が生涯のうちにがんに罹患し、1/3ががんで死亡する時代ですから、自分には起こらないとか、自分は例外であるとは思わないでください。今、コロナ禍で検診離れが危惧されていますが、もし昨年検診に行っていれば早期がんで見つかったものが、今年になって進行がんとして見つかるというようなことは、今後起こりうるのではないかと危惧しています。胃がんは減少傾向にはあるものの、大腸がん、肺がんと並んで依然として罹患率の高いがんであることに変わりはありません。
 ただし、たとえ胃がんが発見されたとしても、本稿でお話ししたような治療法が確立されています。胃がんについて日本で開発された手術や薬物治療はいわば“お家芸”と言えるほど誇るべきもので、その知識の蓄積は世界をリードしており、胃がんは極めて治療成績が向上した疾患という位置付けであることに間違いはありません。
 がんにかかってしまったら、正しい情報を得て、標準治療を受けることが大切です。今は情報が氾濫していて、がんに罹患すると周囲の方も心配して様々な情報を寄せてくれることがありますが、あなたの病気のことを一番よく知っているのは、あなたの主治医であるということを忘れないでください。

 胃がんは早期発見・早期治療で治癒が望める病気になってきました。がんについてこわがりすぎず、定期的に検診を受けることが大切ですね。

 胃がん治療は開腹手術をすることしかできなかった時代から、低侵襲かつロボットまで扱う時代へと劇的な進歩を遂げました。吉田先生のお話からは、その時代の変化に応じるべく、診療のあり方や人材育成面でも新しい試みを積極的に取り入れることが大切であるとわかりました。
 吉田先生、本当にありがとうございました。

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