※前所属 岐阜大学大学院医学系研究科 消化器外科・小児外科学 教授 岐阜大学医学部附属病院 病院長
胃がんの手術といえば、かつてはお腹を大きく切開する開腹手術を指すものでしたが、現在は患者さんの体にやさしい低侵襲の治療が主流となっています。早期の胃がんについては内視鏡治療あるいは腹腔鏡下手術が標準となり、さらには新しい選択肢としてロボット支援下手術も増加しています。また、これまで手術が不可能と思われた進行がんについても、薬物治療などによりがんを小さくして切除を可能にする集学的治療*が実績を上げています。
吉田先生は、患者さんにやさしい低侵襲手術の普及とその人材育成に注力なさるとともに、長年にわたって胃がんの集学的治療の研究に取り組んでおられます。進化する胃がんの手術と今後の展望についてお話を伺いました。
*がんの三大治療法である外科治療、薬物治療、放射線治療から2つ以上を合わせた治療方法。
ここでは主に外科治療と術前・術後化学療法の組み合わせのこと。
【取材】2020年12月 岐阜大学医学部附属病院
第1回は、今日の胃がんの手術にはどのようなアプローチがあるのかについて伺います。
胃がんの治療方針は、「早期がん」であるか「進行がん」であるかで大別されます。胃の壁の構造が5層ある中で(図1)、上部粘膜から粘膜下層までの浸潤のものであれば早期がん、固有筋層に達するものが進行がんです。早期がんの切除については、開腹手術ではなく、内視鏡治療あるいは腹腔鏡下手術になることが今や常識になっています。
胃がん手術の歴史を振り返ってみると、今から30年以上前までは、早期がんであっても胃を全摘するような手術が主流でした。当時は、胃を2/3以上も切除するような拡大手術をすることで根治性を期待するという意味もあったのです。
やがて胃がんの性質が明らかになってくると、粘膜の中に留まるような早期がんについては、予後が良いことがわかりました。現在では、腫瘍が2cmあるいは3cmまでの早期がんであれば、お腹を切らない内視鏡治療が適応となっており、胃がん全体の治療では主流になってきています。一方で、内視鏡治療が適用できない大きさの早期がんについては、腹腔鏡下胃切除術が行われます。粘膜下層までの早期がんに対しては、腹腔鏡下での胃切除が開腹手術と遜色ない成績となっており、わが国においては標準治療となっています。
胃がんは早期に発見できれば、内視鏡治療あるいは腹腔鏡下手術で切除できる時代になったということですね。
筋層に達する進行がんについては、開腹手術により胃切除あるいは胃全摘が行われ、リンパ節を含めて切除して(D2リンパ節郭清という)、術後は再発予防のため補助化学療法を行うことが基本です。
進行がんに対する腹腔鏡下手術の多施設共同前向き試験が行われ、その結果が2023年に報告されました1)*。
中国や韓国でも1,000例規模の研究が進められており、近い将来は進行がんであっても腹腔鏡手術が選択肢となってくることも期待できると思います。
1) Etoh T, et al. JAMA Surg. 2023; 158(5): 445-454
*Stage II/III の切除可能な進行胃がんに対する幽門側胃切除において、腹腔鏡下手術が開腹手術に対し、有効性と安全性が劣らないことが証明されました。今後、日本内視鏡外科学会の技術認定取得医が行う腹腔鏡下手術においては標準治療となり得る可能性が期待されます。
胃がんの患者さんは決して減っているわけではないのですが、昔に比べて早期に発見される患者さんが多いことから、内視鏡治療の適応となる方が増えています。また、上述のように、昔ならば開腹手術の適応だった患者さんも腹腔鏡下で胃切除できる可能性が広がってきたので、お腹を大きく切開しない低侵襲の治療が増えているというのが現状です。
例えば、年間250例程度の胃がん患者さんを診療していれば、その約半数の120例ほどが内視鏡手術の適応となり、残りの半数のうち4割程度が腹腔鏡下手術、さらにその他の方が開腹手術や抗がん剤による治療になるという割合です。
胃がんの患者さんのうち、実に約半数が早期がんとして内視鏡治療を受けているのですね。腹腔鏡下手術もさらに適応範囲が広がっていき、開腹手術はこの先より少なくなっていきそうですね。
外科的治療とは異なり、開腹や胃切除をすることなく、胃の内側から病変を取り除きます。通常は鎮静剤を使用して施術し、全身麻酔は必須ではなく、消化器内科の医師が行います。
外科手術に比べると患者さんの負担はより小さく、がんを切除した後も残存する胃が機能するので、食生活への影響が少なくて済みます。デメリットとしては、出血や穿孔の可能性があるほか、内視鏡は繊細な操作が求められるため、高度な技術や経験が必要とされる点があります。また、外科手術をすべきかどうか迷った場合に、内視鏡下で切除した病変を評価することで、外科手術の実施を判断することもあります。
切除の方法には、高周波のナイフでがんを切りとる内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD;図2)とリング状のワイヤーをかけてがんを切りとる内視鏡的粘膜切除術(EMR)の2種類があります。EMRは2cm以下のがんが適応ですが、ESDは3cm以下で潰瘍となっている場合にも行うことができ、近年はESDが普及しています。
メリット | ①外科手術ではなく、体に対する負担が少ない。 ②通常は内視鏡室で、鎮静剤を使用して行う(全身麻酔が必須ではない)。 ③胃を切除しないので、食生活への影響が少ない。 ④ESDの普及により、EMRで切除できなかった3cmまでのがんや難しい部位に発生したがんを切除できるケースが多くなった。 |
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デメリット | ①穿孔・出血の可能性がゼロではない。 ②内視鏡の繊細な操作が求められ、高度な技術と経験が必要。 |
国立がん研究センター がん情報サービス
腹腔鏡下手術では、お腹に小さな穴を開けてカメラと器具を挿入し、術者は拡大視画像を見て手術をします。開腹手術と比べて傷が小さい、痛みが軽い、回復が早く出血量が少ない、といったメリットがあります。傷が小さいことはもちろん外見上のメリットもありますが、開腹手術よりも腸の動きの回復が早いため、早くから便通があり、食事も早期に摂取できるということが大きな特徴です(図3)。
内視鏡の拡大視画像では、術者が裸眼で見るよりもはっきりと鮮明に見えます。臓器を包んでいる膜の構造や血管がよく見えますし、クリップでしっかり止血するといったことができるので、出血量を抑えられます。開腹手術では平均200cc程度の出血が見込まれますが、腹腔鏡であれば20cc以下を目指すように指導しています。大半の手術は5~10cc程度の出血で終わり、ほとんど無血手術というものを目指すようにしています。デメリットとしては、腹腔鏡で見えていない場面での出血の可能性がゼロではないこと、手術開始後に開腹術へ移行する可能性がゼロではないことがあります。
そしてもう1つ大きなポイントとしては、術者の技術の差が大きいということがあります。その技術については日本内視鏡外科学会による技術認定医制度ができていますが、合格率は30%程度です。患者さんが腹腔鏡下手術を受ける際は、そうした認定医がいる施設で治療を受けることが推奨されます。
メリット | ①傷が小さい、痛みが軽い(=患者さんにやさしい) ②低侵襲手術であり、術後早期に回復する。 ③出血量が少ない。 ④拡大視効果 |
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デメリット | ①腹腔鏡で見えていない場面での出血・臓器損傷の可能性がゼロではない。 ②開腹術への移行の可能性がゼロではない。 ③医師の技術面の問題 ④医療コスト |
岐阜大学大学院腫瘍制御学講座腫瘍外科(消化器外科・乳腺外科)HPより作成
腹腔鏡下で手術支援ロボットを操作して行う手術です。術者が通常の腹腔鏡下手術で見るのは平面的な画像ですが、ロボット支援下手術では立体的な3D画像となります。また、ロボットの手首は7関節で多方向に動かすことができ、通常の腹腔鏡下手術と比べて膵臓などの他臓器を圧迫するリスクが減るため、膵液(すいえき)漏(ろう)の合併症が少ないという報告があります。出血についても通常の腹腔鏡手術と同様に少量で済みます。
ただ、ロボット自体には触覚はありませんから、術者がそれに慣れるのはどうしても時間がかかります。例えば、糸を持って軽く引っ張ったつもりでも、プチッと切れるくらい強い力が働くことがあるので、そこは視覚を頼りにしつつ慣れる必要があります。術者にはロボットの扱いについて熟練した技術が必要と言えます。ロボットの操作には日本内視鏡外科学会のロボット支援手術プロクターという認定制度があります。導入後はロボット支援下手術数が年々増えています。
体に傷をつけない内視鏡治療はもちろん、腹腔鏡下手術あるいはロボット支援下手術は、開腹手術に比べて格段に体の負担が少ないということがわかりました。ただし、いずれも機械を繊細に操作するだけに、高い技術が必要なのですね。
他の臓器に転移があるステージⅣ(リンク:胃がんの診断と治療 治療方針の決定 病期(ステージ)による分類)の患者さんに対しては、従来の抗がん剤治療に加え、分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬といった新しい機序で働く薬物の組み合わせによって治療を行います。もう1つの選択肢としては、抗がん剤や新規の治療薬を組み合わせてがんを小さくし、外科的切除を可能にするという集学的治療があります。
また、胃がんに対する術前化学療法についての研究*を海外とともに進めており、良好な成績が期待されています。現在は引き続き、転移の状況別などによる解析の段階に入っていますが、ステージⅣであっても根治を目指せる治療が検討される時代へと進歩してきています。
*ASCO2018『StageIV胃がんにおけるConversion therapy(Adjuvant surgery)の
意義に関する国際(日本・韓国・中国)多施設共同後ろ向き研究;CONVO-GC-1』
外科手術と薬物療法のどちらも進歩してきたからこそステージⅣに対する外科治療が夢ではなくなりつつあるということですね。集学的治療の発展により、進行がんの患者さんも前向きに治療に取り組むことができるのではないでしょうか。
第2回では、術後のフォローアップと、術後薬物療法の副作用の管理について伺います。