ここまで進んだがんのチーム医療
~胃がんチーム医療の実際

取材させていただいた方々

京都大学医学部附属病院 京大病院がんセンター

第1回<インタビュー>
副院長/がんセンター長 高折 晃史 先生

第2・3回<座談会>
腫瘍内科 教授 武藤 学 先生

腫瘍内科 特定教授 松本 繁巳 先生

腫瘍内科 講師(胃がん・GISTユニット長) 松原 淳一 先生

消化管外科 教授 小濵 和貴 先生

消化管外科 病院講師 久森 重夫 先生

写真:上段左から高折先生、武藤先生、松本先生、下段左から松原先生、小濵先生、久森先生

上段左から高折先生、武藤先生、松本先生、下段左から松原先生、小濵先生、久森先生

 がん診療において「チーム医療」は今や当たり前のこととなり、一人の担当医ではなく多科・多職種が連携し合って治療や支援を進めていく時代となりました。専門施設では院内のさまざまな診療科の医師や看護師、薬剤師をはじめとするスタッフが連携し、患者さん一人ひとりの状態に合わせてより最適な医療を提供するための体制づくりが進んでいます。
 そこで今回は、京都大学医学部附属病院の副院長で京大病院がんセンターのセンター長を務めておられる高折先生に、専門施設におけるがんのチーム医療のありかたについてお話を伺うとともに、腫瘍内科および消化管外科の先生方に胃がんのチーム医療の実際についてお話を伺いました。

【取材】 インタビュー:2020年12月21日(月) 京都ガーデンパレス 座談会:2021年7月30日(金) 京都ホテルオークラ

第2回 胃がんのチーム医療の実際

公開:2022年6月13日
更新:2022年11月

 第2回では、京都大学医学部附属病院 京大病院がんセンターの胃がん・GISTユニット(胃がん診療チーム)の先生方にお集まりいただき、座談会形式でお話を伺いました。腫瘍内科教授の武藤先生の進行により、私たちが知っておきたい胃がんチーム医療の実際について、内科・外科それぞれのお立場からお話しいただきました。

写真:武藤先生(腫瘍内科)

日本の胃がんの現状と診断から治療までの基本的な流れ

武藤先生(腫瘍内科) 日本人の胃がんの罹患率は男性で10人に1人、女性で21人に1人とされ、年間約13万人弱が罹患する身近ながんの一つであると言えます1)。現在、その半分以上は早期胃がんで見つかっています。

 胃がん検診には、内視鏡検査あるいはバリウムで造影するレントゲン検査があります。早期胃がんは自覚症状が少なく、検診で見つかることが多いです。しかし進行胃がんになると出血しやすくなり、下血あるいは吐血がある、もしくは胃の中が狭くなって食べにくい、食べたものが通りにくくて吐いてしまうなどといった症状があり、 イラスト そこで受診して診断されるケースもあります。確定診断は内視鏡検査によって組織を採取し、病理検査により組織診断を行います。これによって胃がんと診断された場合は、内視鏡治療や外科手術あるいは薬物療法のできる施設に紹介されて治療が始まります。ですから、この期間は患者さんにとっては非常に大きな不安を抱えたまま診断結果を待つことになり、「自分はどうなるんだろう」と心配しながら受診するという方が多いのではないのでしょうか。
 それでは、胃がんと診断された患者さんはどのように治療が進められるのか、久森先生に説明していただきます。

1)国立がん研究センターがん情報サービス:最新がん統計(2018年データ)

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久森先生(消化管外科) 一般的には、患者さんは他施設で胃がんと診断されて、専門の病院に紹介されるケースが多いと思います。胃がんに限らず、どのがんでもステージによって治療方針も予後も異なりますから、どの程度進行した胃がんであるかについて、さらに細かい検査を行い、詳しく診断する必要があります。
 胃がんの治療は内視鏡治療・外科手術・薬物療法が大きな柱となるので、消化器内科・消化管外科・腫瘍内科をはじめとして、複数の診療科で横断的に個々の患者さんに適した治療は何かを話し合います。明らかに内視鏡治療あるいは外科手術のみで治癒が期待できると判断できるケースは実際には少なく、多くの診療科で十分にディスカッションし、連携して治療に取り組まなくてはなりません。

治療方針が決定されるまで

治療の種類と標準治療

武藤先生 それでは、胃がんの治療方針は実際にどのように決定されているのか、小濱先生に解説していただきます。

写真:小濱先生(消化管外科)

小濱先生(消化管外科) 胃がんの切除は内視鏡治療と外科手術に大別されます。外科手術にも開腹手術と腹腔鏡手術、そして腹腔鏡手術の中でもロボット支援下手術があります。切除できないほど進行している患者さんの場合は薬物療法となります。場合によっては薬物療法を行ったことで切除可能になり、手術をする場合もありますし、手術をしてから薬物療法を追加する場合もあります。
 他のがんと同様に、胃がんも診療ガイドラインで標準治療が定められており、日本全国どこでも同様の方針で治療が受けられるようになっています。ただし、患者さん一人ひとりの背景が違いますから、ガイドラインを参考にしながらも患者さん本人の希望や社会背景を考慮した上で、内科と外科の医師が相談しながら患者さんに治療方針を提案します。

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内視鏡治療が選択される場合とは

小濱先生 内視鏡治療は、粘膜の中に留まっている早期胃がんが適応となり、内視鏡下でその粘膜病変を切除する治療です。その適応もガイドラインで定められていますが、患者さんごとの背景が異なるため、それが絶対的な適応ではなく、内科と外科で検討するケースもあります。内視鏡治療を行った後に追加切除が必要となる場合もあり、患者さんの意向も確認した上で、速やかに内科と外科の医師が相談し、総合的に判断して患者さんに提案します。

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外科手術が選択される場合とは

武藤先生 内視鏡治療は胃が温存されるので、患者さんにとってのメリットが大きいのが特長ですね。一方で、内視鏡治療が適応できない場合は外科手術が選択されます。その場合、術式はどのように決定されるか、説明をお願いします。

久森先生 現在、胃がん手術はほとんどが低侵襲の腹腔鏡下で行われることが多く、ロボット支援下手術の導入も進んでいる状況です。腹腔鏡手術であれば、術後10日程度で退院が可能となります。

小濱先生 従来は開腹手術であった進行胃がんについても腹腔鏡手術の臨床研究が進んでおり、進行胃がんもできるだけ患者さんの体に優しい手術ができるようになっていくことが期待されます。

胃がんにおける術前・術後の化学療法

松本先生(腫瘍内科) 胃がんの薬物療法では、主に抗がん剤や分子標的薬による化学療法が行われます。胃がんにおける術前化学療法に関するエビデンスはまだ十分ではありません。一方、術後化学療法はステージⅡあるいはⅢの患者さんに適応され、最近では2剤併用の術後化学療法が一般的になっています。

武藤先生 手術をできない進行胃がん患者さんの場合、薬物療法は1回行うだけなのか、それを継続したり種類を変えたりするものなのか、松原先生に解説をお願いします。

松原先生(腫瘍内科) これは患者さんからよく質問されます。残念ながら永遠に効果が続く薬物療法は、まだありません。ほぼすべての患者さんで、いつかは薬の効かないがん細胞が出てくる時が訪れます。そうなれば抗がん剤を替えていくので、一回行えば終わりというわけではありませんし、期間が決まっているわけでもありません。がんの広がりや薬物に対する反応性を見て、できるだけ長く薬物療法を続けていくことになります。

遠隔転移があり薬物療法が選択される場合は

武藤先生 遠隔転移が見つかった場合や、肝臓や肺に転移がある場合、あるいは腹膜に広がった状況で手術ができない場合の薬物療法についても解説をお願いします。

松本先生 遠隔転移のある場合はステージⅣとなり局所療法の適応ではなくなります。つまり外科的切除ではなく、全身療法である薬物療法を中心に行います。ガイドラインを参照し、標準治療について説明した上で患者さんの意向を伺い、年齢や体力なども考慮して、患者さんが納得された最適な治療方法を選択します。
 また、胃がん全体では、がんの遺伝子検査によってHER2ハーツー受容体*を発現している方が10数%おられ、その方には分子標的薬が選択できるため、薬物療法を始める場合には必ず生検組織を用いてがんのHER2発現を調べます。

*:胃がんの一部では、がん細胞の表面に「HER2受容体」というがんの増殖を促すタンパク質が発現します。

コンバージョン・セラピー~手術ができないがんを薬物療法によって手術可能に

武藤先生 肺や肝臓に転移があると通常は手術せず、薬物療法を行いますが、薬物療法がよく効いてがんが非常に小さくなった場合や、切除できそうな大きさの転移だが手術が難しいと考えられる場合もあります。そのようなケースの対応について解説してください。

写真:松原先生

松原先生 手術適応が難しいケースでは薬物療法を開始しますが、予想以上に高い効果が現れる患者さんがいらっしゃいます。その場合は、内科からも手術の可能性を外科に提案し、検討した上で、手術ができるようになる場合もあります。このように、外科的切除が難しいがんを薬物療法によって縮小させ、手術を可能にする治療をコンバージョン・セラピー(Conversion Therapy)と呼んでいます。
 胃がんは、お腹の臓器を包む腹膜にがんが広がりやすい代表的ながんです。手術可能と判断し開腹したら、CT検査では発見できない小さながんが腹膜に広がっていて切除できない場合があります。その場合は薬物療法の適応になりますが、薬物療法により元の胃がんが縮小したことが判明すれば、腹膜に広がっていた小さながんはもっと小さくなって、あわよくば消えている可能性もあります。そのように判断できれば、もう一度外科手術を試みて、切除できそうながん細胞をすべて取り除くこともできます。こうしたケースでは慎重な判断が求められ、内科と外科との十分なディスカッションが必要になります。

松原先生

武藤先生 外科医から見て、手術可能かどうかを判断する時に必要な注意点について説明をお願いします。

小濱先生 「審査腹腔鏡」という検査を行います。もともと切除不能と判断されて薬物療法を受け、それが非常によく効いて、もう一度外科に相談された時に、腹腔鏡によってがんの変化や転移について調べる検査です。その審査腹腔鏡によって、がんを残さず取り切れるかどうかを判断し、手術が可能かどうか検討します。その場合、もともと切除不能と判断されていた進行がんの患者さんなので、がん切除後も薬物療法を続ける必要があります。そのため、できるだけ合併症が少なく、なおかつ低侵襲の手術にしたいので、腹腔鏡手術あるいは腹腔鏡下でのロボット支援下手術を行います。

副作用、術後合併症の対策

写真:松本先生

薬物療法の副作用対策

松本先生 医師は常に薬剤の副作用をコントロールしながら、より長く使うことを考えています。副作用のために投与量を減らすと効果の低下が懸念されるので、効果と副作用のバランスを考慮してマネジメントできるよう、医師だけでなく看護師、薬剤師とチームで連携しながら取り組んでいます。
 副作用対策については、投与前から予防する場合、投与中に予防する場合、投与後に症状を緩和する場合という3つのフェーズがあり、患者さんに合わせた支持療法を選択することによって副作用がより少なくなるようにコントロールしていきます。
 心配されがちな吐き気の副作用に対しても、最近は効果的な薬剤が複数開発されています。したがって、副作用で入院される方は以前より少なくなりました。

武藤先生 薬剤によってはしびれが現れて、日常生活に支障をきたすようなこともあると思います。その場合の予防や対応策の説明をお願いします。

松本先生 胃がんの主な治療薬の中には、しびれが出やすい薬剤もあり、長期投与がその一因になっています。そのため、効果としびれの症状とを勘案しながら、タイミングを図って休薬や減量を行い、つらい症状に至らないようにします。副作用によるしびれは不可逆的なものもあるため、漫然と使わないことも大切です。看護師・薬剤師とチームで連携し、注意深く経過を観察しています。
 例えば、医師の診察後に看護師・薬剤師が副作用の状況について別のプロの目から患者さんよりお話を伺います。さらに、点滴中に看護師がしびれの症状をチェックしたり、内服薬で治療する患者さんは診察前後の薬剤指導で薬剤師が副作用について確認します。患者さんは気になる症状がある場合には、遠慮せずに身近な医療スタッフにご相談することが大切です。

術後合併症の対策

ダンピング症候群

久森先生 手術方法にかかわらず、胃切除後に懸念される合併症はダンピング症候群*です。予防するには食べ方を工夫する、習慣を変えることが必要になります。これについては栄養士の食事指導を受けていただくのが大切です。

*胃切除後、摂取した食物が急速に腸へ流れることで起こる症状。食後30分以内に起こる早期ダンピング症状では動悸、めまい、冷や汗、全身倦怠感や腹部症状
(腹痛・下痢・悪心・嘔吐)など、食後2~3時間後に起こる後期ダンピング症状では頭痛、倦怠感、発汗、めまい、脈や呼吸が速くなるなどがみられます。

写真:久森先生

術後および副作用で吐き気がある時の栄養管理

久森先生 患者さんから「術後にご飯は食べられますか」とよく尋ねられますが、術後もご飯を食べられます。ただ、どうしても急いで食べると調子が悪くなるので、ゆっくりと食べてもらうことが重要になります。しっかりと栄養をとって、運動もしていただきたいと思います。一般に胃を2/3切除した場合は10%弱、胃全摘の場合は15%近くの体重減少が起こると言われ、それによって患者さんの活動量も低下することが懸念されます。ステージが進んでいる患者さんは薬物療法を行いますし、体力の低下は再発のリスクになります。そのためにも栄養指導が重要です。
 繰り返しになりますが、胃切除後には食べ方にコツがあり、それを術後にしっかり身につけていただくことがとても重要です。ぜひそのことを理解して心がけていだただければと思います。

写真:久森先生

松原先生 吐き気を起こしやすい薬剤を投与する場合には、吐き気止めを予防的に使います。食欲のない時には食べやすいものを積極的に召し上がっていただきたいと思います。
 栄養士による栄養指導では、効率のよい栄養摂取の方法や、お好みに合わせた調理方法などを聞いてみるとよいでしょう。ご家族にも同席していただき、ご家庭で効率良く食べられる方法を説明してもらうと良いと思います。

武藤先生 「ご家族も一緒に」というのは重要なポイントですね。患者さんのみならずご家族も一緒に治療に関わってもらうというのもチーム医療の一つだと思います。

 第3回では、専門施設が担う胃がん治療の展望をテーマに、新しい治療法の話題や、先生方から患者さんへのメッセージを伺います。

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