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ご存じですか?臨床試験のしくみ

静岡県立静岡がんセンター 呼吸器内科 部長
高橋 利明先生

 「臨床試験」とは、薬や医療機器などについて、その効果や安全性を評価するため、患者さんの理解と協力のもとに行われる研究です。しかし、それが何を目的としているのか、どのような過程を経て行われるのかについては、あまり知られていないかもしれません。
 解説していただくのは、肺がん薬物治療の臨床試験について豊富な経験をお持ちの高橋利明先生です。臨床試験の意義や目的、実施の流れ、そして、試験への参加にあたって理解しておきたいことなど、臨床試験に関する疑問についてお答えいただきます。 【取材】2020年11月 みしまプラザホテル

高橋利明 先生
第1回臨床試験は何のため?
標準治療と臨床試験の関係
公開日:2021年10月22日

 第1回では、臨床試験の目的や意義、そして、がん診療の話題でよく見聞きする「標準治療」「ガイドライン」といった用語との関係についてお話を伺います。

高橋利明 先生

臨床試験とは、どのような目的で行われるのでしょうか?

 医学研究のうち、臨床現場で人を対象に行われる研究はすべて「臨床研究」と呼ばれます。その臨床研究の中でも、治療法の有効性や安全性を確かめたり、複数の治療法の優劣を見極めたりすることを目的に行われるのが「臨床試験」です。
 日常診療の進歩というのは、この臨床試験というものの積み重ねによってもたらされています。有効性と安全性の面から優れた治療法を確立するために、臨床試験はなくてはならないものです。臨床試験とは、日常診療で最善の医療を届けるために必要な医学研究であると言えます。

 優れた治療法を生み出すためには、人を対象とした臨床試験が不可欠なのですね。今、私たちが当たり前に受けている医療も、これまでの臨床試験の積み重ねの上に存在しているということですね。

図1臨床試験とは

*臨床試験の中でも、厚生労働省から薬・医療機器としての承認を得る目的で行われる

国立がん研究センターがん情報サービスより一部改変

「治験」と呼ばれるものは、どんな臨床試験なのでしょうか?

 臨床試験のうち、医師や研究者が、既に承認された薬同士の比較や薬の組み合わせによる治療方法を比較する目的で行う研究は「医師・研究者主導臨床試験」と呼ばれます。
 一方、企業が開発した薬や医療機器について、国から医薬品としての承認を得る目的で行う研究は「治験」と呼ばれます。同様に、すでに承認を得た医薬品の適応拡大のために行う研究も「治験」です。適応拡大とは、例えば、疾患Aの治療のために既に承認を得た薬について、疾患Bにも使える薬としての承認を得るということです。適応拡大のための治験は、企業のみで行うばかりではなく、医師が主導して行うこともあります。

国の保険診療上の承認を得るために行う臨床試験のことを、特に「治験」と呼ぶのですね。
以降は、薬の臨床試験ついてお話を伺ってまいります。

新しい薬の開発は、どのような段階を踏んで進められていくのでしょうか?

 薬の開発には、最初に「基礎研究」があります。これは、薬の候補になる物質を扱う、いわゆる試験管の中の研究のことです。続いて「非臨床研究」といって、人ではなくマウスなどの動物を使って有効性や安全性を調べる段階があります。その後にようやく人を対象とした臨床試験に入ります。臨床試験には第相、第相、第相という3つの段階があります。
 第相試験は、薬の安全性の確認が第一の目的です。抗がん剤の開発ではごく少数の患者さんを対象として、主に薬の吸収や体外への排泄、副作用などを調べます。そして第相試験は、薬の効果を示すと予測される比較的少人数の患者さんを対象に、第相試験で得られた安全性を補完する目的で行われます。第相試験、第相試験によって適切な投与量が決められ、既存の治療と比べて有効性と安全性が遜色ない、あるいは優れている治療であることがわかれば、第相試験に進みます。
 第Ⅲ相試験は、さらに多くの患者さんを対象にし、新しい薬が標準治療と比べて、有効性と安全性で優れているかどうかを確認する目的で行われます。つまり、従来の標準治療に代わって、その薬が次なる標準治療になるのかどうかにも役立ちます。
 例えば、薬の効果や安全性などのデータ収集を目的として第相、第相試験を医師が主導し、第相試験を企業が主導するという形で行われることもあります。

図2新薬開発のプロセス

高橋利明先生ご提供

それでは、「標準治療」とはどういう治療でしょうか?

 標準治療と聞くと、「普通の治療?」と思われるかもしれませんが、それは誤解です。標準治療とは、対象とする病気に対して、その治療法の効果と副作用についてのデータが科学的根拠(エビデンス)に基づいており、現時点で最良と判断された治療です。一言でいえば、“日常の診療として最も信じるに足る治療”です。標準治療とは、英語のStandard Therapy(スタンダード・セラピー)を日本語に訳したものですから、英語のスタンダード(標準)の意味で考えていただくとわかりやすいと思います。

 標準治療とは、現時点で私たちが受けられる日常診療の中で、科学的根拠に基づく最良の治療のことなのですね。

 さて、肺がんに限らずさまざまな疾患において、標準治療をまとめたガイドライン(治療指針)というものが各学会から発表され、共有されています。新しく生まれた治療法は、どのようにしてガイドラインに記載されるのでしょうか。

新しい治療はどのようにして標準治療として認められ、ガイドラインに記載されるのでしょうか?

 新しい治療が標準治療になるかどうかは、最終的には第相試験の結果が反映されます。ただし、対象となる患者数が少ない疾患については、第相試験で有望な結果が出た場合にもガイドラインに記載されることがあります。つまり、第相試験により従来の標準治療よりも優れている、あるいは同等の効果が明らかになった場合か、第相試験の段階でこれまでのデータと比べて非常に優れているということが論文として発表され、それを学会の委員会で十分検討し、評価されたら、それが標準治療としてガイドラインに記載されることになります。
 標準治療は必ずしも1つだけというわけではありません。薬の作用のしかたが違えば、効果も副作用も現れ方が異なるため、複数の標準治療が存在します。例えば、治療法Aと治療法Bという2つの新しい治療法がそれぞれ検討されていたとします。この治療法Aと治療法Bは特徴(薬の効き方や副作用の現れ方)が異なり、それぞれ別々のデータで従来の標準治療Xより優れていることが認められれば、どちらも標準治療となり得ます。つまり、新しい治療法が標準治療になるかどうかは、それより前の段階の標準治療より優れているかどうかが基準になるということです。

標準治療に複数の選択肢がある場合、どのように選択するのでしょうか?

 例えば、抗がん剤で髪の毛が抜けてしびれも少し出るような薬と、髪の毛はあまり抜けなくても吐き気などの消化器系の副作用が強い薬があったとしたら、それぞれについて担当医が説明して、患者さん自身に選択していただくことがあります。実際に、患者さんの中には髪の毛が抜けることは苦にならない方もいれば、気分が悪くなることは我慢できるので、髪の毛があまり抜けない薬を選びたいという方もいらっしゃいます。
 副作用の面からは、患者さんに選択肢が増えるのは良いこととも言えます。もちろん、1つだけ突出して秀でた治療法があれば悩む必要はないのでしょうが、選択肢が多いということは、自分に適した治療を選べるということでもあります。

 標準治療の選択肢が複数あるということは、それだけ信頼に足る選択肢が存在するということでもありますね。医師とよく相談して、より自分に適した治療を選択していくことが大切だと思います。

 第2回では、臨床試験のなかでも治験について取り上げ、実際の流れや、試験参加へのインフォームド・コンセントにあたって理解しておきたいことについて伺います。

本テーマは、臨床試験のしくみについて一般の方にわかりやすく解説するためのもので、臨床試験への参加を推奨するものではありません。
参加を希望されたい場合には主治医の先生にご相談ください。

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