「臨床試験」とは、薬や医療機器などについて、その効果や安全性を評価するため、患者さんの理解と協力のもとに行われる研究です。しかし、それが何を目的としているのか、どのような過程を経て行われるのかについては、あまり知られていないかもしれません。
解説していただくのは、肺がん薬物治療の臨床試験について豊富な経験をお持ちの高橋利明先生です。臨床試験の意義や目的、実施の流れ、そして、試験への参加にあたって理解しておきたいことなど、臨床試験に関する疑問についてお答えいただきます。
【取材】2020年11月 みしまプラザホテル
第3回では、「ランダム化」「副作用」「参加の中止」といった、治験に関して患者さんからよく聞かれる疑問について解説していただきます。終わりに、治験と肺がん治療の今後の展望についても伺います。
治験では、参加する患者さんを、検証したい治療法のグループと標準治療のグループに無作為(ランダム)に割り付けます。これを“ランダム化”と言います。ランダム化は、コンピューターによって割り付けられます。コインの裏表が全く偶然で決められるように、どちらになるかはわかりません。また、より科学的精度が高い評価を得るために、患者さんあるいは医療者も含めてどちらのグループに入っているのかさえわからない“盲検化”という方法がさらに行われることがあります。しかし、患者さんの気持ちとしては、「せっかく新しい薬の試験をするのに、なぜ自分が新しい薬を使えないのか」と、感覚的に受け入れがたいという声もあります。
なぜランダム化や盲検化が必要なのか。それは、患者さんに「新しい薬ですよ」などと言って薬を渡すと、それだけで効いた気になったりして、効果が出たような結果を示す現象が起こり得るからです。これを“プラセボ効果(偽薬効果)”と言います。つまり、治験での治療に患者さんの意思が入ってしまうと、科学的に正しいデータが得られないおそれがあるのです。それは医療者も同様で、「この薬を投与したのだからこんな症状が出るはずだ、こんな効果が出るはずだ」と、判断にバイアス(偏り)がかかってしまうことがあります。そのために、人間の意思が入らず、科学的に客観的な評価をするための方法が必要となるのです。
ランダム化・盲検化は、科学的に正しく公平な評価をするためには必要なことなのですね。
治験は、十分な経験を持ち、新規の薬剤による副作用に対しても十分マネジメントできる施設で行っています。治験に参加すると検査や来院回数が増えるというのも、患者さんの体を守り、安全に治験を行うためなのです。
新規の薬剤ほど副作用への懸念を口にされる方は多いです。治験の説明同意文書に副作用がしっかりと列記されているだけに、不安も大きくなるのかもしれません。新しい薬剤である以上、心配されるのは致し方ないことですが、困ったこと、不安なことは何でも相談してください。
患者さんに不利益は全くありません。最初から参加を断ることも全く問題ありません。治験中に強い副作用が現れた場合については、一度休薬して副作用が軽くなったら再開するという流れの計画ができています。しかし、それはあくまで治験の計画の中で起こっていることなので、これ以上耐えられないということがあれば、参加自体を途中で止めるということもできます。参加の是非は、患者さんの完全な自由意志で決められることです。ヘルシンキ宣言*でも、最も守られるべきは患者さんの権利であると明記されており、その権利の中には試験の中止も含まれています。中止した場合の選択肢を探していくのも医療従事者の役割ですから、遠慮なく相談してください。
*臨床研究の世界的な倫理指針。被験者についてはその権利・利益を優先すること、自主的な同意を得ることなどが示されている。
治験の実施にあたっては、周到な計画のもとに管理されていて、患者さんは途中で参加を中止しても、問題なく別の治療が受けられるのですね。
先生のお話から、臨床試験は日常診療の進歩のために欠かせないものであり、科学的に正確なデータを得るための研究であると同時に、参加する患者さんの権利はしっかり守られていることがわかりました。
終わりに、臨床試験と肺がん治療の今後の展望について伺います。
製薬企業による治験は、患者さんが多いがん種に集中する傾向があります。しかし、企業が対象としにくい少数の患者さんに対しては、医師主導で治験を行うこともできますから、医師主導で第Ⅰ・Ⅱ相試験で効果を確認し、承認が得られていくということはこれからも増えるのではないかと思います。かつてはそうした治験は医師の手弁当で行うものでしたが、近年はAMED(国立研究開発法人 日本医療研究開発機構)の競争的研究費や製薬企業のサポートによるファンドに支えられた治験も増えてきました。今後、医師主導治験をしやすい環境がより整備されていけば、治療法が限られた患者さんへの選択肢を増やせるようになっていけるのではないかと思います。
肺がん治療の3つの柱である外科治療、放射線治療、薬物治療の組み合わせにより、近年はⅢ期の患者さんの予後はかなり改善され、長期生存だけではなく、治癒できるという方の割合が増えています。さらに、Ⅳ期と呼ばれる進行がんで見つかった患者さんについても、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤によって長期生存が可能であることがわかってきましたが、残念ながら「もう治ったので病院に来なくていいですよ」と言って差し上げられる段階には、未だ到達していません。そうした進行肺がんの患者さんが、5年先ではなく、10年・15年先の未来を見据えられるような治療法が新たに確立されることが、私の夢です。今の治療法で頭打ちにせず、次なる段階の治療法を生み出すために、これからも臨床試験(治験、医師・研究者主導臨床試験を含む)を積み重ねていくことが大切と考えます。
今、早期に肺がんを治療された方の多くが元気に回復できる時代となりました。その医療の進歩も、臨床試験の積み重ねに支えられたものと言えます。
近い将来、治り難いとされる患者さんにも、未来を届ける薬が開発されることを願っています。
高橋先生、ありがとうございました。
※本テーマは、臨床試験のしくみについて一般の方にわかりやすく解説するためのもので、臨床試験への参加を推奨するものではありません。
参加を希望されたい場合には主治医の先生にご相談ください。