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肺がん手術の最前線

広島大学 呼吸器外科教授
岡田 守人先生

 肺がんの治療は、外科治療(手術)、放射線治療、薬物治療に大別されます。
 その中の一つである肺がん手術は今、開胸手術に代わって胸腔鏡下手術(VATS(バッツ):Video-Assisted Thoracic Surgery)が主流となり、さらにはロボット支援下手術も保険適用となりました。肺がん手術とはがんを確実に切除するだけではなく、患者さんのこれからの人生のためにできる限り肺機能の温存を目指すものとなっています。
 岡田守人先生は、VATSと目視とを併用する手術「ハイブリッドVATS」の先駆者です。ハイブリッドVATSは低侵襲の胸腔鏡下手術でありながら、術者が目視によって直接処置するという開胸手術のよさも生かし、難易度の高い手術に適したアプローチとして世界的に知られています。
 そこで、今回は肺がん手術をテーマとして、ハイブリッドVATSを駆使して困難な手術にも精力的に取り組み、まさに肺がん手術の最前線で活躍される岡田先生にお話をうかがいました。 【取材】2020年9月 日本化薬株式会社

岡田守人 先生
第2回ここまで進んだ肺がん手術のアプローチ
公開日:2021年8月23日
更新:2024年8月

 第1回では、胸腔鏡下手術(VATS)の普及により、肺がん手術後の日常生活への復帰が早くなったことについてうかがいました。第2回では、そうしたQOLの向上を実現した肺がん手術のアプローチ(手術の方法)の進化についてお話をうかがいます。

岡田守人 先生

肺がん手術のアプローチを考える上で重視することは?

 手術のアプローチ(図)とは、あくまで手術の表面的な問題に過ぎません。肺がん手術は今、開胸手術よりも胸腔鏡下手術(VATS)が主流となりましたが、確かに手術の傷は患者さんの目にも見えることですし、小さくて目立たない、そして痛くないということは重要です。しかし、私たち医師が考えなくてはいけないのはその手術の中身です。
 例えば、肝臓は切除しても再生しますし、胃も切除するとボリュームは落ちますが、残された部位が元に戻ろうと機能します。しかし、肺はそのように再生することはできません。一度切除してしまえば、その分の機能は失われてしまうのです。肺がん手術とは、がんを取り除くことはもちろんですが、いかに肺活量を残すかということが最大の課題なのです。
 したがって、肺がん手術のアプローチには主に2つの考え方があります。1つは、体に開ける傷の大きさや数、肋骨を切るかどうかという傷(手術創)についての考え方。そしてもう1つ、それよりも大切なのが肺機能の温存、すなわち肺活量をどれだけ残せるのかということです。
 なぜ肺がんの手術をするかといえば、もちろんがんを確実に取りきって根治を目指すためです。それを大前提とした上で、第一の目的はできるだけ肺活量を残すことです。さらにその手術を100%やりきることができるという前提で、できるだけ小さな傷での手術を目指すのですが、それはあくまで第二の目的ということです。

 肺がん手術とは、がんを取り除くことはもちろん、その後に続く人生のために肺活量を残すことを目指して行われます。患者さんにとっては傷が小さくて痛くない手術はありがたいことですが、大切なのはあくまで“手術の中身”ということですね。

開胸手術とはどのような手術でしょうか?

 開胸手術とは、皮膚を大きく切開し肋骨も切るので、侵襲の大きい手術です。現在では開胸手術の傷もかなり小さくなっていますが、今から30年ほど前に私が医師になって初めて執刀した頃は、肋骨を切断した上に20~30cmもの長さを切る開胸手術を行っており、患者さんは半年くらい痛みが残って、手が上がらないといった状態も長く続きました。
 しかし、今や肺がん手術全体のうち、開胸手術を行う例は当施設では100人に1人くらいしかいません。肺を取り囲む胸壁という部分にまでがんが浸潤している場合は胸壁まで取らなければならないため開胸せざるを得ませんが、そこまでがんが進行した場合には遠隔転移を伴っていることが多く、手術しないことになるからです。それ以外で肺の局所に留まったがんの手術については、すべて胸腔鏡下手術で行います。

胸腔鏡下手術(VATS)とはどのような手術でしょうか?

 胸腔鏡下手術(VATS)とは、体に小さな穴を開けて胸腔鏡を挿入し、モニターを見ながら行う手術です。胸腔鏡を挿入するための約1cm程度の穴と、肺の組織を取り出すための4cm程度の穴が必要なので、2ヵ所は切開します。患者さんによっては、組織を取り出す穴は大きくなることもあり、穴の数も全部で5、6ヵ所という場合もあります。最近、「Uniport VATS」という1つの穴のみで行う試みも行われています。

肺がん手術の皮膚切開創
  • 図:開胸手術
  • 図:完全胸腔鏡下手術
  • 図:ハイブリッドVATS
  • 開胸手術・・・肋骨と肋骨の間を大きく切開する
  • 完全胸腔鏡下手術・・・胸腔鏡挿入口と手術操作口を切開する(4cm以下、1~6ヵ所)
  • ハイブリッドVATS ・・・4~5cm程度までの切開で胸の中を直接見るとともに、胸腔鏡を入れて、
    カメラがとらえた画像をモニターでも見ながら手術を進める(2ヵ所)

 VATSには、完全鏡視下(モニター視下)で行うコンプリートVATS(完全胸腔鏡下手術)と、モニターと併用して術者が直接肉眼で見たり触ったりするハイブリッドVATSという2つの方法があります。ハイブリッドVATSという用語を最初に英語論文に記載したのは私ですが、この方法で手術をされている先生方は現在ではたくさんいらっしゃいます。そもそもなぜ私がハイブリッドVATSを始めたかというと、もし自分が患者さんの立場であったら、せっかく体に穴を開けたなら、それを有効に使ってもらいたいのではないかと思ったからです。指が入る程度の大きさの穴であれば、自分の目で腫瘍を確認して自分の手で触って、より確実な手術にしたいと考えています。

 低侵襲である胸腔鏡下で行いながらも、術者の目視も併用してその技術や経験を生かすという点で、“ハイブリッド”というわけですね。ハイブリッドVATSとは、患者さんの気持ちを思えばこそ、どうすれば全力を尽くすことができるかを考えた末に生まれたものだということがわかりました。

岡田守人 先生

ロボット支援下手術とはどのような手術でしょうか?

 ロボット支援下手術とは、米国で開発されたロボットを用いるもので、胸腔鏡を挿入し、そのモニターを見ながらロボットアームをコントローラーで遠隔操作して手術を行います。通常の胸腔鏡下手術と異なり、ロボット支援下手術では三次元画像が得られます。奥行きもわかるので、モニター視だけでも自在にクーパー(手術用はさみ)を動かすことができ、手術時間の短縮や出血量の減少につながります。
 しかし、あくまでもロボット“支援下”手術です。完全にロボットの操作のみで行わなければならない理由はなく、術者が直接目で見たり触ったりして確かめてもよいのです。どのような手術でも大切なのは、患者さんの体に穴を開けたわけですから、それをいかに有効に使うかということだと思います。
 ロボット支援下手術も2018年4月より肺がん手術が保険適用となり、今後は普及が拡大していくと考えられます。手術ロボットがさらに進化を続ければ、将来的にはロボット支援下手術が主流になるでしょう。

*2018年4月より ロボット支援下 胸腔鏡下肺悪性腫瘍手術(肺葉切除、または1肺葉を超えるもの)が保険適用

 ロボット支援下手術は、2012年に前立腺がん手術で保険適用になって以来、さまざまながん手術への利用が拡大してきました。肺がん手術の未来に向けて、ロボット手術への期待もますます高まります。

 第2回は、ハイブリッドVATSをはじめとする肺がん手術のアプローチについてうかがいました。
 第3回では、これからの肺がん手術が目指すものや、岡田先生の肺がん手術への想いについてうかがいます。

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