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緩和ケアはいつから始まる?
-早期からの緩和ケアで治療の適切な完遂を目指す

帝京大学医学部 腫瘍内科 教授
関 順彦先生

 近年、がん治療の三つの柱である外科手術、薬物療法、放射線治療と並んで、「緩和ケア」が第四の治療として位置付けられるようになりました。緩和ケアという用語からは、人生の最期に身体症状を緩和する治療を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、海外では、社会的・精神的な問題を含むさまざまな苦痛について、病気になった段階で介入を始める早期からの緩和ケア(Early Palliative Care:EPC)が広く認知されています。
 緩和ケアを早期から導入することのメリットや、そのためのスタッフ・地域の体制作りについて、腫瘍内科医として早期からの緩和ケアの普及に尽力されている関先生にお話を伺いました。 【取材】2021年2月17日(水) 日本化薬株式会社本社

関 順彦 先生
第1回がん治療を適切に完遂するための緩和ケアとは
公開:2022年3月28日
更新:2023年4月

 第1回では、緩和ケアの目指すものについて、また、病気の早期の段階から求められる緩和ケアとはどのようなものかについて伺います。

緩和ケアとはどのようなケアを指すのでしょうか?その目的は?

関 順彦 先生

 緩和ケアと聞くと病気の末期の症状を緩和する治療と思う方も多いかもしれませんが、身体症状に限らず、患者さんの社会的・精神的な苦痛も含めて対処していくものが緩和ケアです。WHO(世界保健機関)の定義によると、緩和ケアとは、命を脅かされる病気の患者さんやそのご家族のQOL(生活の質)について、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に見出し対応することで、苦痛を予防しQOLを向上させるアプローチであるとされています。近年、我が国のがん対策基本法においても、手術、放射線治療、薬物療法と同じように、緩和ケアはがん治療の柱の一つと位置付けられています。
 腫瘍内科医である私としては、薬物療法によって患者さんの命を延ばすというのが最大の使命ですから、緩和ケアとは薬物療法の本来の効果を最大限引き出すためのもの、適切に完遂させるためのものであるとの思いで取り組んでいます。つまり、患者さんの円滑な治療を制限するような因子をうまく処理するために、身体の苦痛だけではなく全人的な苦痛に対処するものはすべて緩和ケアです。私たち医療従事者は患者さんががんになった時から、何に困っているのか、何に困りそうなのかをその都度拾い上げ、それを解決する手段や手順を提供していく必要があります。

緩和ケアとはどのようなスタッフが関わるのでしょうか?いつから始まるのでしょうか?

 緩和ケアでは、診断がついた時、治療を受けている時、既にひと通りの治療が終わった時など、それぞれの段階において必要な専門的介入が行われます。そもそも最初にがんが疑われた時には誰でも驚いて心配になりますから、そのための心のケアも必要となるでしょう。全人的な苦痛を取り除くというのが緩和ケアですから、そこに関わるスタッフのメンバーを考えた時、精神科医、臨床心理士などはその中核になると思います。海外では、緩和ケアの専門医、専門看護師、ソーシャルワーカー、リハビリの専門家、精神科医、心理士などがチームを組んで患者と家族を支えることが提唱されています1)
 現在、厚生労働省としての緩和ケア開始の指標も「がんの診断がついてから」とはなっていますが、私自身はもう少し前からの、がんが疑われた段階からの心のケアも緩和ケアに含めてよいのではないかと考えています。このように病気の早期の段階から行う緩和ケアを英語ではEarly Palliative Care(EPC)と呼び、海外ではすでに広く認知されています。緩和ケアとは末期に限らず“いつ・どこでも”受けられるものであって、例えば家からの電話一本でも心の不安を和らげることもできますから、非常に幅広いものだと言えます。

1)Isenberg SR; Epidemiol Rev 2017; 39; 123-31

 緩和ケアとは患者さんのあらゆる苦痛に介入し、治療の適切な完遂を支えるものであるということですね。決して人生の最期に症状を緩和する治療だけを指すものではないということがわかりました。

緩和ケアについて、患者さんへはどのように説明されているのでしょうか?

 私は初診の時に、緩和ケアというものは今この瞬間から始まっているということをお話しします。しかし、実際にはまだ多くの方が緩和ケアを身体症状に関する治療だと思っていらっしゃるので、緩和ケアについてお話をすると、自分の病気が末期まで進んでいるのではないかと心配されることがよくあります。あるいは、診療従事者が就労支援や社会保障制度の紹介を緩和ケアとして行っても、患者さんとしてそれは単に制度上のサポートであると受け止め、病気が進行してから疼痛管理などの治療を受けることで、そこでやっと緩和ケアが始まったと実感される方も多いようです。
 しかし、患者さんに対して緩和ケアの定義について説明したり、理解してもらったりすることが重要なのではありません。知っていただきたいのは、家族や仕事などの問題に対する介入も、それが緩和ケアとしていつでも受けられるということです。

患者さんの多くは、自分でも知らないうちに緩和ケアを受けているのかもしれませんね。

 そうですね。例えば、肺がんが疑われる時というのは患者さんにとっては最悪のことも頭に浮かんでしまい、心の準備が必要です。ですから、医師はその不安を受け止め、「がんは一番見落としてはいけない病気ですから、どんな状況でもその可能性を頭の片隅に置いて鑑別しなくてはいけません」といった形で患者さんへ伝えます。すると患者さん自身もがんであれば怖いですから、「見落とさないで見つけて欲しい」という思いを伝えてくださいます。そこで我々もそのご希望を受け止めた形で、「しっかり診療を進めて行きます」という思いをお伝えします。
 その後ろではご家族も一緒に聞いていらっしゃって、医師がどんな言葉をかけるのだろうかと、心配されている空気が伝わってきます。腫瘍内科の診察では、そうした空気を読み取って、適切な声かけができるかどうかということが問われます。腫瘍内科というのは、まさに患者さんを全人的に診なければならないということからスタートしていると思います。

 がんは命に関わる病気であり、どんな段階であれ患者さんやご家族への声かけは配慮が必要だと思います。患者さんの心理的なケアを含めた全人的な介入が緩和ケアということであれば、それがまさに初診の時から始まっているということは頷けます。

 第2回では、緩和ケアの実践の具体的な内容についてお話を伺います。

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