近年、がん治療の三つの柱である外科手術、薬物療法、放射線治療と並んで、「緩和ケア」が第四の治療として位置付けられるようになりました。緩和ケアという用語からは、人生の最期に身体症状を緩和する治療を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、海外では、社会的・精神的な問題を含むさまざまな苦痛について、病気になった段階で介入を始める早期からの緩和ケア(Early Palliative Care:EPC)が広く認知されています。
緩和ケアを早期から導入することのメリットや、そのためのスタッフ・地域の体制作りについて、腫瘍内科医として早期からの緩和ケアの普及に尽力されている関先生にお話を伺いました。 【取材】2021年2月17日(水) 日本化薬株式会社本社
第2回では、具体的な実践例として、腫瘍内科における緩和ケアについて伺います。入院中・通院治療中の患者さんの緩和ケアについて、それぞれどのような工夫をされているのでしょうか。
例えば、初診時はがんを疑われた段階で、「がんの相談窓口へ寄ってください」という内容のパンフレットをお渡しします。患者さんにとっては、「困っているけれど言いにくい」「まだ何を言っていいのかわからない」といった状態かもしれませんが、がんの相談窓口をよろず相談所のような形で利用していただき、まだ漠然とした不安―それこそ、「こんなことを聞いていいのだろうか?」といった不安についても相談していただけるようにしています。
がんの相談窓口(がん相談支援センター)は、がん診療連携拠点病院では必ず設置されているもので、その病院の患者さんに限らず無料で相談できます。また、東京都夜間がん相談支援事業として、仕事などで日中の相談が難しい患者さんやご家族のために、当院を含め夜間の電話相談を受け付けている医療機関もあります。
がん相談支援センターとは
「がん相談支援センター」とは:[国立がん研究センター がん情報サービス 一般の方へ] (ganjoho.jp) より抜粋(2023年4月閲覧)
患者さんのいかなる段階からでも対応できるように緩和ケアチームとの連携を強化することが重要です。
緩和ケアで対処すべき問題は腫瘍内科医1人で片付けられるものではなく、チームでないとできないものです。多職種の緩和ケアチームが回診して、患者さんから社会的・心理的にどのようなシグナルが出ているのかをそれぞれ専門の領域から診てもらえることは、腫瘍内科医としてはとても有り難く、緩和ケアチームと連携した治療を推進する大切さを感じています。
緩和ケアチームの設置は、がん診療連携拠点病院の要件の一つとして国から指導されているものです。当院も化学療法室、がん登録室、ゲノム支援室、相談支援室などと同じように、がんセンターの中に緩和ケアチームというものが確立されているので、それぞれの部門がサポートしあうことができていると思います。腫瘍内科医の中にも緩和ケアに興味がある者や、そこから緩和ケア専門医を目指す者もいますので、そういった意味ではスタッフの活動も重なるところがあり、緩和ケアに取り組みやすい環境になっていると思います。
例えば、当院では入院中に受けられるのと同じ緩和ケアのクオリティを通院中にも担保するため、化学療法室の場を活用しています。化学療法室は点滴治療で多くの患者さんが来られますので、そこをハブにすれば入院と同じクオリティが提供できるのではないかと考えました。
化学療法室の看護師は、通院してくる患者さんの情報を拾い上げ、主治医にフィードバックします。例えば、社会的な問題があればがん支援相談室へ、あるいは皮膚の副作用が見られれば皮膚科へ行ったほうがいいのではないかという相談ができ、主治医以外にも多科・多職種との連携を行う中で、包括的なケアに繋げることができます。
第1回でもお話しした通り、腫瘍内科医の私が考える緩和ケアの目的は、がんの治療を適切に完遂し生存を延ばすことだと考えていますが、経済的な問題で通院できない、あるいは、副作用があるといった理由で効いているかもしれない薬物療法の中断や切り替えを考慮する必要がある場合もあります。そのような状況でも治療の適切な完遂をサポートするために、看護師たちが、身体症状、家族関係、経済的な観点、社会的な観点といったあらゆる困りごとについてカンファレンスで検討し、その患者さんが次に来院された時にどのような介入をするのかを話し合っています。
そのため、当院では化学療法室を担当する看護師の人員を増やして、外来でいろいろな介入ができるようにしています。
外来治療される患者さんは、社会生活上での不安など、入院中とはまた違った問題に直面すると思います。化学療法室の看護師さんたちに何でも相談できるという体制があれば、安心して治療を続けられそうです。
関先生が代表を務められた研究班1)では、肺がん患者さんの診断時点から早期に緩和ケアを提供するためのマニュアル「がん治療医と多職種緩和ケアチームとの連携に基づく全人的ケア」を作成されました。その作成の経緯について伺います。
1)平成25年度厚生労働省科学研究費補助金(がん臨床研究事業)「診断時から早期に緩和ケアを提供する体制整備に関する研究班」
私たちが参考にした米国のTemel2)らの研究では、抗がん剤を投与している患者さんにおいて、早期から定期的な緩和ケアを受けつつがん治療を行った患者群は、従来通り必要なときだけ不定期に緩和ケアを受けつつがん治療を行った患者群と比べて生存期間およびQOLが向上しました。すなわち、生存延長の観点からも早期からの緩和ケアが重要である可能性が明らかになったのです。この研究では、それらがどのようなケアであったかを後日検証しているのですが、その結果、①患者の「コーピングスキル*」、すなわちストレスに対する心の対処法を強化する、②がん治療の目標に合わせた治療方針決定の補助をする、③家族への教育と対応を強化する、という3点が重要であることがわかりました。
そこで、これら3つのことを念頭においた早期からの緩和ケアが日本全国どこの病院でも同じようにできるよう、我が国でも標準化が進むことを目指してマニュアルを作成しようと考えました。このマニュアルには、治療医あるいは緩和ケアチームとして何をすべきか、具体的にどのような声かけをすべきかといった、肺がんの緩和ケアとして最低限これだけはやるべき基準となることをまとめています。肺がん患者さんの緩和ケアに初めて取り組む診療従事者の方にはぜひ読んでいただきたいと思います。
2)Temel JS, et al. ;N Engl J Med 2010; 363:733-42.
*:強いストレスを受けたときに対処する行動のこと。ストレスの原因となっていることを取り除こうとする行動や、問題に直面した時に周囲の人に相談したり、
アドバイスを求めたりする、あるいは見方や発想を変えて新たな適応の方法を探すなどにより気持ちを切り替えて対処しようとする行動などのことを示す。
早期からの緩和ケアによってQOLだけでなく生存期間も改善することが期待できるのですね。すべてのがん患者さんに対して早期からの緩和ケアが当たり前のこととして普及していくことが望まれます。
第3回では、緩和ケアにおけるがん診療連携拠点病院の役割について伺います。