肺がん専門病院の診療と多職種チーム医療

取材させていただいた方々

独立行政法人国立病院機構 近畿中央呼吸器センター

元 肺がん研究部長 安宅 信二 先生
※現所属 独立行政法人 地域医療機能推進機構 大和郡山病院 健康管理センター センター長

腫瘍内科 医長 田宮 朗裕 先生

呼吸器内科 医長 新谷 紗代子 先生(緩和ケア病棟担当)

薬剤師 南野 優子 先生

看護師 飯田 幸恵 さん

ソーシャルワーカー 小出 志保 さん

独立行政法人国立病院機構 近畿中央呼吸器センター チーム集合写真

 肺がんは部位別がん死亡数で第一位のがんであり、それをいち早く診断し、適切な治療に導くことが呼吸器科の診療現場の重要な使命となっています。また、肺がんは薬物治療の進歩が著しい分野でもあり、治療方法や検査方法が多様化したほか、予後が延長したことで治療をしながら日常生活を続けるための社会的支援が必要になるなど、医療機関に求められる役割も多くなってきています。
 このように複雑化する肺がん診療について、専門病院ではどのように対応しているのでしょうか。主に肺がんを中心に治療する国立病院機構近畿中央呼吸器センターの各職種の皆様からお話しいただきました。

【取材】2021年9月16日 近畿中央呼吸器センター 会議室

第1回 肺がん患者さんの診断から外来診療まで

公開:2022年6月13日
更新:2022年11月

 第1回では、肺がん患者さんの診断から治療までの実際の流れについて伺います。安宅先生の司会進行により、内科・外科の役割分担、そして薬剤師・看護師による患者さんへのサポートついてお話しいただきました。

写真:安宅 信二 先生

司会進行:安宅先生(元 肺がん研究部長) ご存知のように、肺がん治療は2000年代に入るとともに、従来の抗がん剤(いわゆる化学療法剤)の時代から分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬といった新しい治療へのパラダイムシフトがありました。2019年にはがん遺伝子パネル検査*が保険適用となるなど、がんゲノム解析やバイオマーカーを利用した個別化治療がさらに進んでいます。治療が複雑化するにつれ、各職種の力をあわせたチームワークがより一層必要となっていると実感しています。呼吸器科も呼吸器内科・外科さらには呼吸器腫瘍内科などへと細分化されるとともに、看護師、薬剤師などの各職種のスタッフもそれぞれの専門分野から患者さんを支えています。まずは、肺がん診療における内科・外科の役割分担についてお話しいただきます。

*:がん遺伝子パネル検査とは一度の検査でがん遺伝子を網羅的に調べる検査のこと。
現在は標準治療がない、あるいは終了した場合など一部の患者さんで保険診療として行われる。

内科・外科の密な連携で支える肺がん診療体制

写真:田宮先生(腫瘍内科 医長)

田宮先生(腫瘍内科 医長) 呼吸器腫瘍内科は、良性・悪性を問わず呼吸器腫瘍といわれる病気のすべてを担当します。主に診療するのは肺がんですが、呼吸器腫瘍といわれるものには胸膜中皮腫**や胸腺腫瘍といったものも存在します。
 また、初診の診断、薬物治療に加え、薬物療法と併用される放射線治療についても放射線科と連携して行い、呼吸器外科はなるべく手術に集中できるようにします。
 呼吸器腫瘍内科の中心的な診療は薬物治療ですが、呼吸器内視鏡による診断・治療も担当します。内視鏡下での診断率を上げることはもちろん、病状が進んで気管が詰まった患者さんにはステント挿入や腫瘍焼灼(熱によって腫瘍の細胞を死滅させる方法)によって通り道を作るといった緩和治療も行います。

**:胸膜中皮腫は、肺の胸膜から発生する腫瘍。原因の多くはアスベストの曝露で、曝露後20〜40年経ってから発生するとされている。
※:胸腺腫瘍は、左右の肺を隔てる胸のスペースを縦隔(じゅうかく)といい、この縦隔にできる腫瘍のこと。まれな腫瘍で、発生頻度は100万人に1.5人くらい。

呼吸器専門病院のメリット―検査・診断から治療開始までを迅速に―

安宅先生 呼吸器専門病院で肺がんを治療するにあたっての患者さんにとってのメリットを、田宮先生にご解説いただきます。

田宮先生 専門病院には他施設から紹介されて受診される患者さんが多いので、初診時には、肺に病変があって肺がんの疑いがあることを告げた後、できるだけ迅速に診断しています。緊急入院が必要な場合は、内視鏡的な確定診断、CT、MRI、PETといった各検査の迅速な流れを準備します。
 初診から診断までにかかる期間は、最速の場合は1日で、特に薬物治療が必要な方には概ね2~3週間で治療を開始できるようにします。遅い場合でも1ヵ月以内には診断します。

安宅先生 肺がんの分子標的薬が使えるかどうかについては、その薬が対応するがん遺伝子を検査して判断するコンパニオン診断が必要です。こうした診断にかかる時間についても解説をお願いします。

田宮先生 肺がんのドライバー遺伝子*の解明が進み、適切な分子標的薬を用いるために検査するコンパニオン診断が保険適用となっています。気管支鏡下で検体を採取した場合、迅速細胞診でがん細胞の採取が確認できれば、コンパニオン検査の手配をします(コラム参照)。肺がんで代表的なEGFR変異遺伝子とALK融合遺伝子については概ね3日で、がん遺伝子パネル検査については2週間ほどで結果が出ます。また、免疫チェックポイント阻害薬が適応可能かどうかの検査もPD-L1**に関しては概ね3日でできるので、基本的には気管支鏡下の検体採取後約3日である程度の治療方針が立てられます。

*:ドライバー遺伝子とは、がん細胞の増殖に密接に関与する遺伝子のこと。
**:PD-L1は、がん細胞に発現し、免疫細胞に発現している免疫チェックポイント分子と結合して、がん細胞が攻撃されないように働く物質。

コラム:肺がん薬物療法とコンパニオン診断

肺がんに代表的なドライバー遺伝子としてEGFR変異遺伝子、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、RET融合遺伝子などが見つかっている。分子標的薬を用いるためにはコンパニオン診断薬によってこれらの遺伝子変異があるかどうかを検査し、対応する分子標的薬が有効かどうかを予め判断する。免疫チェックポイント阻害薬を用いるにあたっても、PD-LIの発現などを予め検査する必要がある。

退院後の外来診療への移行は、患者さんの社会背景を考慮して適切なサポートを

安宅先生 今日の肺がん薬物治療は外来通院が基本となっています。手術後などに退院された患者さんが外来診療へスムーズに移行するためにも工夫が必要です。

田宮先生 治療を進める上で、ここが最も重要なポイントだと思います。患者さんの社会的背景は初診時にある程度はわかりますので、医師としては当初からそれを前提として治療を進める必要があると考えています。治療を続けていくにあたって経済的な問題や在宅医療への不安なども含めて患者さんのさまざまな心配事を取り除いていく必要があります。最初の時点でそうした不安をお持ちであることがわかれば、「がん相談支援センター」という窓口をご紹介します。「がん相談支援センター」は、全国のがん診療連携拠点病院には必ず設置されています。
 適切なサポートを受けて、がん告知を受けた方の離職を防ぎ、従来通り働きながら治療を受けていただきたいと思います。また、老老介護の問題から、介護のため仕事を辞めてしまうご家族もおられます。そうした問題があるゆえに、がん患者さんには治療だけでなく介護サービスも提供していく必要があります。そのため、地域連携の担当者ともできるだけ早く相談していく必要性を感じています。

化学療法室での取り組み~外来患者さんに寄り添う薬剤師・看護師の役割

安宅先生 外来通院の患者さんには、がん化学療法認定薬剤師や、がん化学療法認定看護師、緩和ケア認定看護師による診療サポートも重要となっています。こうしたサポートの患者さんにとってのメリットについて、南野先生、飯田さんに解説いただきます。

写真:南野先生(薬剤師)

南野先生(薬剤師) 外来で治療を受けられる患者さんや、入院から外来診療に移行される患者さんについては、できるだけ心配なく治療を受けられるように薬剤師がサポートを行うことがあります。基本的には医師の診察前に患者さんとの面談を行い、副作用や併用薬の相互作用のチェックをするほか、患者さんからのさまざまな薬物治療に関する相談にお応えします。聴取した副作用の状況に応じて、副作用を軽減するための処方提案も行います。患者さんの薬物治療に対する不安や疑問を限られた医師の診察時間内ですべてを解消するのは難しい場合もあるので、薬剤師による相談窓口を利用して解消していただけるようにこういった取り組みが進められています。

安宅先生 肺がんの薬物治療では、皮膚障害など呼吸器科にとっては専門外の副作用症状もあります。こうした副作用への対処についても説明をお願いします。

南野先生 最近では、肺がんの治療薬は多岐にわたり、副作用も多様化しています。皮膚障害が起こり得る薬剤を処方されている場合は、スキンケアや日常生活の注意点などについて丁寧にアドバイスする必要があります。例えば、皮膚障害が現れた部位によって強さの異なる外用薬を処方されることがあります。複数の外用薬を処方され、使い方が複雑になり混乱されることもあるので、そのような場合は時間をとって説明を行います。

安宅先生 ローション、クリーム、軟膏などの使い分けについては、主治医からの説明に加え、薬の専門家である薬剤師の説明が役立ちますね。
 一方、外来化学療法室においても看護師によるサポートの取り組みが進められています。

写真:飯田さん(看護師)

飯田さん(看護師) 外来化学療法におけるサポートの目的は、通常の日常生活を続けながら治療を行っていただくことです。患者さんにとって入院中はしっかり診てもらえたという安心感がありますが、外来通院になることで、常に診てもらえていないという不安も出てくると思います。しかし、外来治療を重ねるうちに、患者さんがセルフケアのコツをつかみ、ご自身の治療に適した過ごし方を身につけていく方も多くいらっしゃいます。そのように患者さんがセルフケア力を高め、治療に取り組んでいけるように、各職種が連携して支えていくことが大切です。患者さんが一人で頑張り過ぎてしまう、あるいはご家族だけが看護するということにならず、外来診療でも病院のスタッフがサポートできるということを常に感じていただけるように心がけています。

安宅先生 例えば、アピアランスケア*などは看護師に相談しやすいことではないでしょうか。肺がん患者さんは比較的高齢の男性が多いので、これまでアピアランスケアの重要性は注目されなかったかもしれません。

*:アピアランスケアとは、脱毛や皮膚のトラブルなど、治療や副作用により変化した外見に対するケア

飯田さん 男性でも営業職のように爪の障害を気にされる方もいらっしゃいます。また、脱毛や皮膚状態が悪くなることによって病気が悪化しているのではないかと周りの人に思われ、職場から離職を勧められるという心配もあります。やはり外見は老若男女を問わず大きな問題ですから、気にされる方へ向けてアピアランスケアに関する情報を積極的に発信していくことも大切であると思います。

安宅先生 社会的な背景によっても異なると思いますが、外見の変化にストレスを感じている方は少なくないと思います。そうした悩みを抽出するのは難しいかもしれませんが、できるだけ通常通りの社会生活を過ごせるように、ケアを必要とされている方にしっかりサポートしていきたいものです。

 第2回では、緩和ケアチームと在宅医療支援について、緩和ケア病棟担当の新谷先生とソーシャルワーカーの小出さんを中心にお話を伺います。

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